(新しい)置き場

ごそごそしています

10円じゃない10円カレーを食べてきた

ニュースや新聞でご覧になった方もいるかもしれないが、
9月25日は10円カレーの日である。

さっそくご覧いただきましょう、私が今年食べた10円カレーはこちら!

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10円には見えないでしょう?
そうなんです、10円ではないんですから…!




スーパー上司、現る

事の発端。
ある日、上司が私の横に来て言った。
(この上司は、私よりも地位も経験も財力も、あらゆる意味でスーパーなので以降スーパー上司と呼ぶことにする。)
「今日、松本楼の10円カレーの日なんだけどさ、これ、招待券。並ばないで入れるし、ワインも飲めるよ」

松本楼
東京には日比谷公園という、歴史のある大きな公園がある。
その中に、これまた歴史のある、松本楼というレストランがあるのだけれど、その松本楼が年に一度、10円カレーというイベントをしている。
それの招待券だぞと、スーパー上司は言ってきたわけだ。

わお!招待券!
すかさず飛びつく私。
しかし、「10円」なのに「招待」って、なんか変な感じがするなぁと思ったのと同時に、一緒に渡されたリーフレットに書かれている文字が目に入った。
「10円カレーチャリティ」。
チャリティ。
ということは…

私、スーパー上司に尋ねる。
「みなさん、どれくらい募金なさるんでしょう…?」
スーパー上司は答える。
「透明な募金箱が置いてあってさ。万札がバンバン、入ってるの」

なんてことだ…!
10円カレーのはずが、10円カレーじゃない…!!

これはもう、逆に、行くしかない!




謎のセビア会(仮名)

ということで、やってきました松本楼

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時刻は12時20分。イベント開始からもう1時間半近く経過しているからか待機列はそんなに長くはなかったが、それでも多くの人が曇り空の下、入店を待っている。

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関係者らしき人にスーパー上司からもらったチケットを見せると、スーパー上司の言っていたとおりに、長い列はすっとばしてさっと入れてくれた。「セビア会(仮名)さんですね!こちらです!」とか言われちゃって。
どうもこの招待券はスーパー上司属するセビア会(仮名)会員に配られたものらしくて、まぁVIP待遇ですわ。V.I.P。ヴェリー・インポータント・パーソン。
「セビア会(仮名)さん!」って、身に覚えがない呼ばれ方はおもしろいな、というか若干怖いな。私いったいどんな会に属してることになってるんだろう?どうしよう、年収3億円以上の人しか所属できない会とかだったら。私完全に仕事途中で抜け出してきた格好してるんだけど。化粧も直してないし、髪だってボッサボサだよ。

まぁ、それにしても悪い気分じゃないですね。他力本願、虎の衣を借る狐。ヴェリー・インポータント・パーソン。

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驚愕の透明募金箱

スーツを着た初老の男性スタッフに先導されながら優先的に通され、エレベーターで3階まで案内される。
降りた先には、白いエプロンの女性たち。「いらっしゃいませ!」と明るく丁寧に挨拶をしてくれる。化粧も直してないし、髪だってボッサボサの私に!

結婚式でしか見たことのない芳名帳に名前を書いて、いざ募金箱の前へ。
スーパー上司が言っていたとおり、募金箱は透明だった。さすがに写真を撮るのはヴェリー・インポータント・パーソンには似つかわしくないのでやめておいたが、紙幣がぎっしり。こんなに紙がいっぱい詰まった募金箱いままで見たことない!
下のほうには硬貨もあったが、銅ではなく銀色の硬貨が敷き詰められていた。
そしてたくさんのご祝儀袋!!
ご祝儀袋ということは、それなりの額が包まれてますよねきっと…!!

募金箱の前で立ち尽くすのも恥ずかしいので、私もすばやく募金を完了。
はい、今こそ、使ってみたかったけどチャンスが無かった言葉の出番です、心の中で盛大に唱えましょう、「ノブリス・オブリージュ!」うそうそ、たいした額じゃないです、言ってみたかっただけですー、英世ですー。


驚愕の紅茶

席に着くとすぐに白いエプロンの女性に飲み物を尋ねられた。
これか、スーパー上司が「ワインも飲める」って言っていたのは!
しかし私は「仕事中なので、紅茶でお願いします」と伝える。
はー、何が仕事中なので、だ!仕事中でなくてもワインなんて飲まないくせに!私!(体質的に飲めない)
なぜ無駄なひとことを言ったのだ。変に浮かれてないか。
いや、これは私みたいな庶民、浮かれるでしょうよ。庶民なのにヴェリー・インポータント・パーソン扱い。ひゃっほう!
ミントグリーンのテーブルクロスに並べられたグラス、コーヒーカップ、綺麗に磨かれたシルバーのスプーン、シュガーポット。うっとりする。

グラスにはお水が注がれ、紅茶も…

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紅茶…!
これにはちょっと笑ってしまった。缶で来るとは!

しかしこれ、コーヒーカップの横に置かれたんですよね。
え…これは缶の紅茶をカップにあけて飲んでくれってこと?いやいや、さすがにそれはないでしょ、だって明らかにコーヒーカップだし…
松本楼の雰囲気に圧倒されて混乱する庶民。
近くの女性二人組をちらりと見ると、缶をそのまま口元に運んでいたのでほっとした。そうですよねー。
というか缶の「午後の紅茶」って見るの珍しいな、など思っていると、すぐにカレーが運ばれてきた。

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ちゃんとしてる!!
「10円カレー」なんていうから、紙のお皿で出てきたり、量が少なかったりするのかなーと思っていたのに!
すぐさま食べたい庶民。
しかし庶民精神がバレるのも恥ずかしいので、一旦紅茶の缶をあけて一口飲んで、余裕を演出。
(でも今改めて写真を見たらストレートの紅茶だった。わたし完全にミルクティーだと思って飲んでいたよ…余裕とは…)

さて…

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いただきます!!

驚愕のカレー

食べ始めるとあっという間だった。
とろりとしたルーと、それによくなじむライス。絶妙な辛さは口のなかにしつこく残らずすっきり消える。ビーフととろけたタマネギだけで、おうちカレーでおなじみのジャガイモもニンジンも姿はなかったけど、これが松本楼のカレーなのか!!
お水も減るとすぐに注ぎ足してもらえるし、食べ終える頃にはコーヒーも注がれるし、ぬかりないサービスに恐縮する私。募金、もうちょっとするべきだったんじゃない?
席を立つ際にも「ありがとうございました!」と深々と頭を下げられ、丁寧に見送っていただいたし、なんとお土産まで頂戴してしまった。
10円カレーチャリティの日であろうと、徹底したサービス。普段以上に忙しい日でしょうに、化粧も直してないし、髪だってボッサボサの私も分け隔てなくもてなしてくださった。私、年収30億を突破したら松本楼を貸し切って誕生日会をします!と決意して職場に戻ったのであった。

白状すると、滞在時間20分程度。だって緊張したんだもん!急いで食べて出てきちゃったよ!!

さて。
こんな庶民をヴェリー・インポータント・パーソンとして扱ってくれた松本楼の10円カレーの歴史を調べてみた。




松本楼のこと

松本楼とは。

明治36(1903)年、東京の日比谷公園の中にオープンしたレストラン。今年で115周年。
多くの文人にも愛され、政治の舞台にもなり、外国の偉い人ややんごとなき方々ももてなすなど、つまり一流の老舗レストラン。
かと言ってお高くとまるわけではなく、木立ちの中から現れる姿は何者も拒むことはなくて、カジュアルにランチを楽しめる「洋食 グリル&ガーデンテラス」と、ちょっとしたドレスコードがある「仏蘭西料理 ボア・ド・ブローニュ」とがある。
とは言っても私みたいな庶民、近くで働いてはいるけれど、松本楼でランチなんて滅多にできない贅沢だ。というか今まで一度もしたことないぞ。
みなさまにおかれましては「普段は気軽に行かないけど、ちょっと特別なことがあった時にややきれい目な格好で訪れるレストラン」を想像していただければと存じます。年収3億円の貴方様の場合はちょっとわかりませんが…。


10円カレーのこと

さて、10円カレーである。

この「10円カレー」という文字どおりに受け取ると、「10円で食べられるカレー」と認識されるだろう。
私も最初はそうだった。
恐らく多くの人も、そのように考えるのではないだろうか。

しかし、松本楼の公式サイト内、歴史のページで次のように書かれている。
『10円カレーチャリティーセールのはじまり』。
そう、「10円カレー」のあとには「チャリティーセール」と続くのだ。

10円カレーチャリティーセールの歴史。

明治36年にオープンした松本楼は、
昭和46(1971)年秋、時代の動乱に巻き込まれ、放火により焼失してしまう。
それから2年後。ちょうど松本楼70周年に当たる昭和48(1973)年9月25日に再建された。

その際の全国からの激励、支援に対する感謝の気持ちを何か世の中にアピールできないかと考えたのが、この『10円カレーチャリティーセール』だったという。

当初は無料で提供するという案もあったようだが、「それではサービスではなく施しになってしまうから」、と10円と設定したそうだ。その売り上げに松本楼からの寄付をプラスして、社会のためにといろいろ寄付をしてきている。最初の頃は交通遺児のためのチャリティと書かれていることが多かったが、最近ではユニセフ阪神大震災、今年は西日本豪雨被災地へのチャリティとなっていた。

当時の新聞記事。

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(昭和48(1973)年9月26日の読売新聞夕刊)

最初の10円カレーは「出血サービス」だったと書かれている。しかし「出血サービス」って最近聞かなくなった言葉ですね。

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並びすぎて、カレーが足りなかった人々にサインペンを配ったそうだ。
サインペン!当時人気だったのだろうか。
これを読んで、村上春樹の古い旅行記にどこか外国で、その地の子どもたちが「ボールペンをお持ちではないですか、よかったら頂戴したいのですが…」とやたら丁寧に尋ねてきた、とあったのを思い出した。

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(昭和49(1974)年9月20日読売新聞夕刊)

ちょっと読みづらいけど「明治・大正をしのぶ 10円カレーセール」と書いてある。
しかもこの時は別店舗でも開催されていたことがわかる。

新聞広告はその後もちょくちょく掲載されていて、

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(昭和57(1982)年9月17日読売新聞夕刊)

先着賞・ラッキー賞とか

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(昭和58(1983)年9月24日読売新聞夕刊)

森繁久彌氏が一日社長だったりとか(別の年にはアグネス・チャン氏が来たことも)。

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(昭和60(1985)年9月24日読売新聞夕刊)

勝沼ぶどう
カルピス製品
カシューナッツパウダー
と、やたらと細かい品名が載っていたり。
カシューナッツパウダーの唐突感がすごい。っていうか何?これも当時の流行?

ところでここで商品名が出ているというのは、きっとスポンサーかご贔屓さんだったのでしょうね。私もおとななので察します。ということは私が頂いた缶紅茶もそういったことだったのでしょう。

閑話休題

広告ではなく記事でも、

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(昭和62(1987)年9月25日読売新聞夕刊)

なぜかパン焼き器がプレゼントされていたりして、唐突。
これも当時流行のアイテムだったのだろうか。




驚愕のグラフ

ではここで、算数が壊滅的に出来ない私がExcel2003で作った壊滅的なグラフをご覧いただきたい。

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細かすぎて見えないかもしれないが、大丈夫、心の目で見ればわかるはず…!
(あ、たいしたグラフじゃないのでほんのり見ていただければ大丈夫です、ホントに。いろいろおかしなグラフで申し訳ない!)

その時期のカレーの定価が青の折れ線(過去の新聞記事を調べて掲載されていたものを参考にしているのでところどころ抜けあり)。
ひとりあたりの寄付の平均金額が白っぽい棒。寄付金の平均額を出すなんていやらしい!とお思いかもしれないが、松本楼でもらったリーフレットを参考に作成しています。つまりオフィシャル情報!昭和52年からの記載だったので最初の数年はありません。
そしてチャリティ価格として設定された金額が赤っぽい棒である。

特徴のあるところを解説すると、
昭和の終わり頃に白い棒がない年がある。これは昭和63(1988)年。昭和天皇のご病気のために開催を取りやめた年。
でもこの年も、実は9月17日に新聞広告も出ているし、カレーの準備も着々と進められていた。
ではどうしたのか。
なんと無料で振舞ったのだそうだ。開催数時間前の決断だったという。

いちばん白い棒が伸びているのは平成3(1991)年。平均寄付金額は321円。バブル期の最後のあたりか。

三番目に白い棒が伸びているのは平成20(2008)年、平均寄付金額は250円。この年はお土産としてブドウや缶紅茶(!)が振舞われたらしいが、それが寄付金アップの理由だろうか?この年にはオリンピックがあったので、それで世の中が盛り上がっていたのかも?

で、ひとつ飛ばした、白い棒が二番目に伸びている年。これは足元にある赤い棒も突如伸びていることに注目していただきたい。
赤い棒は「チャリティ価格」、つまり10円カレーなので毎年10円のはずなのだが…
平成15(2003)年だけは、なんと「100円カレー」だったのだそうだ。
この年は松本楼100年を記念して100円カレーとし、日比谷公園内に桜の木を植樹する費用にしたのだという。
日比谷公園内、雲形池のほとりに植樹する予定だと書かれていたので先日行ってみたのだが、秋の夕暮れだったため仕事帰りでは暗く、全く探せなかった。残念。見つけたら報告します。



スーパー上司のおかげで体験することができた、ヴェリー・インポータント・パーソンとしての10円カレーチャリティ。
今までは正直、10円でカレーを食べたいが為に列に並ぶなんて恥ずかしくない?と思ってスルーしていたのだけど、10円でカレーを食べることが目的なんじゃなくて(もちろんそういう人もいるのだろうけど)、社会の役に立てて、松本楼の歴史にもちょこっとだけ参加させてもらえて、その上おいしいカレーも頂けるっていう素敵イベントだったのね。参加できてなんだか嬉しかったな。

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この記事も終了です。



<参考資料>
松本楼公式サイト
日比谷松本楼の100年 : 日比谷公園と共に』西島造雄,日比谷松本楼,2003年
松本楼創業115周年 第46回10円カレーチャリティ パンフレット
日比谷松本楼パンフレット
ヨミダス歴史館(読売新聞データベース)



【2019年8月、引越しとともに追記】2018年10月、自由ポータルに掲載していただきました(空港の次くらいにアクセス数が伸びましたね…)

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