(新しい)置き場

ごそごそしています

国立歴史民俗博物館であらかじめ負けている戦いに挑む

国立(こくりつ)の「みんぞく博物館」で有名なのは、
大阪府にある「国立民族学博物館」通称「みんぱく」と、
千葉県にある「国立歴史民俗博物館」通称「れきはく」である。

これは、「民俗」のほうの博物館で心が盛り上がりすぎてわちゃわちゃになった報告である。

 

全部は見ないと決めて行く

以前「みんぱく」に行ったのだが、圧倒的時間不足により敗北。広すぎて、展示物が多すぎて、1時間なんかじゃそのほんの一部分しか見られなかったのだ。

それを踏まえ、今回「れきはく」に挑むにあたり私はもう最初から決めていた。

「全部は見ない」と。

あらかじめ負けているのだ。国と名の付く規模の博物館を数時間で掌握できるわけがない。なので最初から狙いを定めて挑めば、もうこっちのものである。

狙い、それは…
期間限定で行われている特集展示「亡き人と暮らす―位牌・仏壇・手元供養の歴史と民俗―」だ!!(現在は終了しています)

 

看板メニューを迂闊に食べる

わざわざ休みを取って挑んだのに寝坊しましたけれども

広大な敷地

到着!歴史民俗博物館!

はるばる来たぜみんぱく

入館してすぐ、窓からの緑にはっと目を奪われる。
東山魁夷の絵のようで背筋が伸びた。

しばし見とれる

チケットカウンターで「特集展示を見たいのですがどのチケットを買えばいいですか」と尋ねると、通常のチケットで特集展示も見られるということだった。「もし先に特集展示のある第4展示室をご覧になるのであれば係員にそうおっしゃってくだされば、お通しできますよ」と言ってくれる。

そうなんです、先にどころか、それだけを見るつもりで来たんですよ今日は!と意気込みながらも、まず私が向かったのは

縄文カレー

食堂だった。
寝坊して何も食べないで来たからお腹すいちゃって。

何にしようかなーと悩んでいたら「じゅ、10名さまですか?!?」という店員さんの驚く声が聞こえてきたのでわあ大変混む前に!と、慌てて看板メニューらしい「縄文カレー」に決めてしまった。
なんの縄文知識もないのにごめんねと申し訳なく思いながら、10名の内訳を想像しながら食べた。

 

1・2・3をすっ飛ばして

満を持して、今度こそ入場。
「第4展示室に行きたいのですが」と伝えると、「この階段を下りて右手です」と教えてくれる。

この階段を下りて…

右!

きりっと大きな「4」の文字、
そして目当ての特集展示のポスター。
よし、と、私はガラスの扉を開けた。
目の前の壁は、おせち料理で埋め尽くされていた。

 

おせち料理に迎えられ

もう一度言います、
おせち料理で埋め尽くされていた。

(撮影不可エリアでしたのでしばらく文字のみでお楽しみください)

秋が深まるころ、デパートなんかで朱色や金色で目を引くザ・めでたいジ・おせち料理の模型が飾られるだろう、あれが壁にずらりと並んでいるのだ。

さらにその横には、かまぼこや伊達巻や黒豆やなんかがスーパーの売り場の什器にディスプレイされており、さらにその横には、パッケージされた鏡餅が積まれていた。

唖然としながら立ちつくしていると、家族連れがわいわいと展示室に入ってきて「わーおせちだ!」「なんでおせち?」とか言いながら通り過ぎていった。それが3家族ほど繰り返され、そのうちのふた家族は「これ売り物?お土産にしようかな」と展示品の伊達巻に手を触れ、係員に注意されていた。

静けさの戻ったおせち前で私はまばたきも惜しんで説明文を読んでいた。

おせち料理の変遷と流行、定着。
鏡餅の商品化。
薄型テレビの普及に合わせて薄型鏡餅が発売されたという記述には血流が増した。

 

うわ、楽しい…!

 

いや待て、展示室に入ってからまだ10メートルも進んでいない。
今日は目指す場所があって来たのだろう私よ。
目的地である特集展示はまだ先だ。こんなところで時間をとられてどうするのだ。さあ次に進もう、と顔をあげると

今度は全国のお土産物が通路両側の壁いっぱいに展開されているのだ。

 

仕方がないので全部読む

(撮影不可エリアが続きます)

ところで、展示物のそばには説明文が添えられていますね。
最初のうちは全部を真面目に読んでみようとするんだけれど、途中から飛ばし読みになって、最後のほうはタイトルをチラ見するだけになりがちな説明文。

今回は特集展示だけを見に来たはずの私だが、この時点ですでにひとつ妥協していた。妥協というか、決意というか。

特集展示以外でも、興味のあるものは全部読む、と。
そして、それ以外のものは今度来た時にね…と割り切ることにした。
そう、あらかじめ負けているのである。
では、興味のある部分。
今のところ、目の前の全部である。
仕方がない。
腹をくくって、私は両側にそびえ立つお土産の壁を隅から隅までじっくり堪能し、説明文を読破した。

観光と大量生産技術と交通網の発達とメディアと食品加工技術と修学旅行と聖地巡礼とがどのように影響し合い、一大ジャンル「お土産」が発達したのか。おお…白い恋人やちんすこうやご当地キティにそんな経緯があったなんて考えたことなかった。


はっ。
この時点でもう入室から1時間近く過ぎているのに、まだ最初の部屋から抜け出せていない。部屋と言うか、ガラスの扉を入って直線、50メートルだ。

改めて、さあ次に進もう。
目的地は特集展示…!
という決意もふたたび数分で打ち砕かれ、私はまた足止めされた。
子ども部屋が現れたからだ。

 

子ども部屋と冷蔵庫

(まだまだ撮影不可は続きます)

恋愛から結婚、家族のかたち。
結婚式場情報誌の誕生、子ども部屋の勉強机、冷蔵庫の中身。

それに続いて、「美しさ」の訴求、化粧品、石鹸、洗濯用洗剤、シャンプーなど身だしなみ、健康的な日焼けといった価値観の登場。
当時の品々やCM映像がところ狭しと展示されていて、もう、私は一体なにを見に来たのだろう。
楽しい。
全部が気になる。
でも時間と体力が限られている。
あきらめろ私、あらかじめ負けているのだ。

なんとかその場から身体を引きはがし、どうにか次のゾーンへと歩みをすすめた。

 

”民俗”の広さと深さ

博物館なのに、ここまでに登場したのは「おせち料理」「お土産」「子ども部屋」「化粧品」。
なんなんだと混乱しているかたもおられましょう。

民俗。

広辞苑には
【民俗】人々の伝統的な生活文化。民間伝承
とある(広辞苑 第五版)。

そして公式パンフレットにはこう書かれている。

「民俗は生活のなかから生まれ、伝えられてきた文化です。それらは遠い過去から現在まで連綿と継続しており、幾多の変遷を経ながら、日常のくりかえしのなかでゆるやかに過去から未来へと連なってきました。日本列島の上で人びとが築き上げてきたこうした文化を見つめることは、現在の私たちの足もとを見すえることであると同時に、過去をふりかえり、未来を考えることにもつながっています」(Gallery4 第4展示室(民俗)2022.5版)

生活のなかから生まれ、伝えられてきた文化。それが「民俗」。だからおせち料理も、お土産も、子ども部屋も化粧品も含まれるというわけだ。

 

おそれと祈り

この第4展示室は大きく分けると
「『民俗』へのまなざし」
「おそれと祈り」
「くらしと技」
の3つのゾーンで構成されていて、いま通過してきたのは「『民俗』へのまなざし」ゾーン。

入室して1時間半。スロープを下り、やっと、やっと、第4展示室の(私にとっての)メインである「おそれと祈り」にたどり着いた。

写真左下奥に写っているのは河童です

暗く落とされた照明の向こうから、なにやら掛け声のような怒声が聞こえる。


破壊された神輿が転がっていた。

え…?


なにこれ…大丈夫…?

 

という、正常な展示の状態である。

「宇出津(うしづ)あばれ祭」で実際に使われたお神輿だそうだ。海や川に投げ込んだり、松明のなかに投げ込んだりするという。

 

この時、若干わたしは引いていた。
お祭りに、ではなく、それをこの状態で展示してしまう博物館に、である。

 

何なんだ、ここは。
最高か…!!!

全身の毛穴が開くのがわかった。

 

この先、写真はあるが、そこにあったもののほんのひと握りも収められていない。

壊れた神輿の先には

河童、妖怪、化け物。

化物行灯(ばけものあんどん)

キャーっ!(嬉!)化物が次々と!

まじない。狐の窓。

各地のダルマや

招き猫。

お米で作られた馬。

移動式の結婚式祭壇、赤いちゃんちゃんこ、野辺送りの列。

人々が生まれ、成長し、生活し、死んでいくことにかかわるたくさんの祈りや願いにまつわるモノがこれでもかとあふれていて、わたしは驚きと喜びとではち切れそうになってしまった。体温も心拍数も上がって、背も2センチくらい伸びたかもしれない。わたしこういうの大好きなんだよ!!!!

特に死にまつわる祭祀に興味があって、お盆飾りや、死者を弔う絵などに異様に興奮したのだった。人が死に触れどう対処してきたか、その悲しみを受け入れ乗り越えるために何が行われてきたのか。それを示すモノのたたずまいに私は圧倒され、動物が心を許した人間の前に転がってお腹をみせるかのごとく、ああもう、私ここにうずもれたいですと完全降伏である。

 

やっと特集展示室へ

そして、ついにたどり着いた、特集展示室。心の中ははちゃめちゃに盛り上がっていたが、展示内容は厳かなものなのであふれ出ないように自制した。

やっと会えたね

仏壇や、位牌、仏具といった品々が展示されている。

位牌の形の種類なんて考えたことなかった

(後日、実家と同居人の実家とでまじまじとお位牌を眺めてみたらそれぞれ違う形で「みんぱくでみたやつだ!」と震えた)

奥はボンバナ。手前はモリモノ。

夢中になりすぎてガラスケースにメガネを何度もぶつけた。
圧倒的なのは、そのほとんどが「実際に人々の生活で使われてきたもの」ということだ。
歴史の過程で削れ、ゆがみ、変色した仏壇や位牌が、どれだけの人の生死に寄り添い、どれだけの時をこえてきたのか。
この先も人間の生活の記憶を伝えていくのだと思うと、”実物”の持つ、代えのきかない存在感の重みに、何度もため息をついた。
(供養されたのちに博物館に収集されたということであったけれど、心持ち的に気軽には写真を撮れなかった)

同時に、現代の弔いのかたちとしての、リメイクされた仏壇や3Dモデルや故人の姿が浮かび上がる鏡、遺灰を納めるアクセサリーなども展示されていて、昔からの「個人を偲ぶ」という想いは、絶えることなく形をかえて未来へも継承されていくのだと実感した。

あの世とこの世、死者と生者をつなぐモノに囲まれて高揚しながらもシン…とした気持ちでふたたび展示室に戻り、あらためて死や弔いに関する展示物を眺めた。

これは野辺送りの列(葬列ですね)の先頭の幟(のぼり)。子どもが持つらしい。
ぶら下がっているお菓子は、お葬式が終わるともらえるのだそうだ。

葬列と、ポテトチップス。
この時はそのアンバランスさに笑いながら写真を撮ったが、見返すたびに思うのだ。
死は身近なものであり、誰もが関わりのあることなんだよと子どもたちへ風習を引き継ぐための、地域社会を維持するためのひとつの方法だったのではないだろうかと。

 

復元された被災家屋

頭も身体も飽和してしまってこの先なにかを読んだり見たりするのきついなと思いながら、順路にそって次のゾーン「くらしと技」へ進む。実物大の古民家の入口が見えてきた。ただならぬ雰囲気を感じたので力を振り絞って読み進めると、それは東日本大震災津波で流された家の復元だとわかった。

ついさっきまで見てきた人の生から死、それらが営まれ、伝えられてきた「家」「地域」「集落」が、あの津波で―このおうちの他にもきっとたくさん―流され、消えてしまったのだと思うと、言葉が出ない。

そして。ここに復元されていることが、民俗学の博物館の役割の、堂々とした宣言のように思えた。

 

このゾーンでは各地の焼き物や職人さんの道具などがぎっしりずらりと展開されていたのだが、ごめん、閉館時間が近いというのもそうだけど、それよりも、気持ちの乱高下が激しすぎてもうこれ以上の情報を受け止められない。中途半端に流し見しては失礼に思えて、もうきっぱりと見ないで通過することにした。

ごめんよ、今日見られなかったたくさんのモノたち…

また来るから!絶対また来るから!

 

現世に戻る

第4展示室を出て中庭へ。

第4展示室はほんの一部(地図だと緑の部屋)

いま見てきた第4展示室が、博物館全体のほんのひと部屋にすぎないことを突き付けてくる案内図。やはりわれわれはあらかじめ負けているのだ。

ミュージアムショップで図録を探すも、関連書籍が全部欲しすぎて選びきれず断念。もう絶対絶対絶対また来るから!待ってろよ!!覚悟しとけよ!!!と心の中で叫んで退館した。

 

出たところで警備員さんから「本日傘のお忘れものが多いのでお気をつけくださいね~」と声を掛けられ、はっと現世に連れ戻された。

 

 

 

www.rekihaku.ac.jp

 

2023年1月からの特集展示は「来訪神、姿とかたち」だそうです。これも行くしかないよ…!!