(新しい)置き場

ごそごそしています

指輪をつくった私たち

2月の、全然気温の上がらない午後。
私はアパートをリノベーションしたというアトリエを訪ねた。

その日は前日から雪の予報だったのに、午前中は結局なにも降らなかった。駅からの道のりはただただ空気が冷えているだけで面白くもなんともなかった。

線路沿いの道をてくてく歩くうちに住宅街に入った。本当にここでいいのかな?と思うような建物の扉を開けると、木と、学校の美術室を思い出すにおいがまざりあっている空気。壁に飾られた器にぶつからないよう注意しながら奥へと進むと、木のおおきなテーブルのある少し広い部屋が開けた。
ここで間違いないようだ。
先生に促され、荷物を置いて席に着く。定刻の5分前だったけれど、私が最初に到着したらしい。
申し訳ないけれど電気ストーブに一番ちかい席を選ばせてもらった。一番乗りの特権、これくらい許してほしい。

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改めて部屋の中を見回す。足元はタイル。壁にはアクセサリー。おしゃれな美術室みたいだな。

おしゃれな美術室に何をしに来たのかというと、指輪をつくりにきたのだ。



指輪をつくるために集まる

仲介サイトを見つけたことがきっかけとなり、ちょくちょく1回限りの習い事に参加するようになった。
ハンドメイドや語学やメイクやパソコンやダンスといった、いろいろなジャンルの習い事がこの世には溢れていた。
そんなとき、友人夫妻が結婚指輪を手作りしたと聞いた。指輪が手作りできるものだとは知らなかったが、作れるものなら作ってみたいな、という純粋な興味で、たどり着いたのがこのアトリエであった。

参加者は私を含めて5名。あと4人の到着を待ちながら、先生に話を聞く。可愛らしい若い女の先生だ。
ここは美大時代の仲間たちとのシェアアトリエなのだという。そういえばさっき玄関ですれ違った人も絵の具だらけのつなぎを着ていたな。あの人もこのアトリエのメンバーだったのか。なんか、別世界だな。

窓の外を見る。雪はまだ降っていない。

ひとり、またひとりと参加者が到着し、開始時間になったので講座が始まる。
自己紹介なんかはしない。誰も、誰とも仲良くなるつもりなんてない。ここには指輪を作りに来ただけだから。だけど、
雰囲気が悪いよりいいほうが良い。個人作業ではあるけれど、よろしくお願いします、とにっこりと挨拶を交わしてレッスンは始まる。まだ部屋は寒い。手も冷たい。

先生から、今日の流れの説明を受ける。
まずは、金色と銀色、どちらの指輪をつくるか選んでください。金色は真鍮という素材で、銀色はシルバーです。それから、指輪をしたい指を選んでサイズを測ります。…

真鍮にしよう、どの指にするか…?考えてなかったな、なんとなく右手の薬指にしよう。ええと、サイズは…

リングゲージという、私は心の中で『かぎばあさんのアレ』と呼んでいる、輪っかがジャラジャラついている鍵束みたいなもので指のサイズを測る。

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写真右下のものが「かぎばあさんのアレ」ことリングゲージ

先生にサイズを伝えると、細い棒状の金属の長さを測って切ってくれた。
これが指輪になるのだという。

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ささやかなおしゃべり

作業を進めながら、合間合間に軽いおしゃべりをする。
先生の話では、ここはボロッボロだった建物を自分たちでリノベーションしたのだそうだ。シェアメンバーは全員がアーティストで、平日は製作の時間に充て、土日はそれぞれワークショップを開いているという。今も、繋がっている奥の部屋では陶芸のワークショップが行われている。

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金属を加工しやすくするため、先生がバーナーで炙る。
バーナーは料理用のものを使ってもいいか?と参加者のひとりから質問があった。
使えなくはないだろうけれど、料理用のものは炙る範囲が広いのでは・工作用だとピンポイントで炙りたい場所が狙えますよと先生が答える。
そうか、家庭料理でバーナーを使いこなすひともいるのか。私はそんな手の込んだ料理をしたことなんてないな。

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ちっちゃくて可愛いやすり。見たことのない道具が出てくるとわくわくする。

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真鍮の棒を曲げて端同士を合わせ、そこに別のちいさな金属片を乗せてからまたバーナーで炙る。ロウ付けといって、本体よりも低い温度で熔ける金属で接合する方法だそうだ。理科の実験っぽい。

端同士をぴったり合わせるのが意外と難しく、先生が手直ししてくれる。先生はたぶん、私たちが失敗しないよう、なおかつ「自分で作った!」と思えるぎりぎりの手助けをしてくれている。
参加者のうち一人だけ、先生の手直しが全く必要ない仕上がりだった人がいた。とても器用だ。
聞けば、もともとハンドメイドが好きでいろいろ作っているのだそうだ。いわゆるハンドメイドだけでなく、自分の手で何かを作るということが好きだとも言っていた。料理にも一時期凝って、返し醤油を作ったことがあると発言して他の参加者をどよめかせていた。

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私もどよめいたが、実は「返し醤油」がなんなのかは知らない。でも「醤油を作る」という響きだけで十分どよめくのに値するよねと思う。

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再び、ささやかなおしゃべり

今日ここに集まった人たちは、私と同じ習い事サイト経由で参加している。
ほかにどんな習い事に参加しましたか?と先生が尋ねる。
私は、水引アクセサリー作りました、と答えた。向かいに座った女性はお酒のテイスティングを習ったという。ビーズアクセサリー作りました!と先ほどの器用な女性は写真をみせてくれた。隣の女性は英会話レッスンを受けたという。すでに常連メンバーでのグループが出来上がっていて私は馴染めなかったです、と笑っていた。


レッスンの途中、2回ほどブレーカーが落ちた。灯りが消え、音楽がとまり、電気ストーブから熱が一気に引き、全ての音がなくなる。
奥からばたばたと音がして、さっきのつなぎの男性が「また落ちたね〜」と言いながら入ってくる。「もうそろそろ駄目じゃない?」と先生が返す。隣の部屋の陶芸の先生も出てくる。なにかごそごそすると電気が復旧し、3人はそれぞれの持ち場に戻る。私は美大生の男女グループ、と聞くとすぐに「ハチクロじゃん!」と思ってしまう。

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これはゲージ棒という、指輪のサイズを測るもの。ひんやりと冷たくて、ずっしりと重い。
作業中、立ててあった先生のゲージ棒が私のiPhoneすれすれにガン!と倒れてきた。直撃していたら間違いなく画面がバリバリになっていたはずだ。先生も私も、お互いに悲しい思い出になってしまうところだった。よかったー、と笑いあった。

マーキングした目標の指輪サイズを目指して、かなづちで指輪をかんこんかんこん叩いていく。同時に、表面に槌目(つちめ)という叩いた跡が模様として表れてくる。

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指輪が薄く延び、目標サイズに到達する。

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完成、解散

表面と内側を磨いて完成。1時間ちょっとでできあがった。
自分の指のサイズで作ったから当然だけど、自分の指にぴったりでとても嬉しい。触ったり、眺めたり、くるくる回したりした。

帰りがけに、参加者のひとりと先生の出身地が近いという話が始まっていた。先生がレッスン途中で口にした方言で気付いたのだそうだ。出身高校の名前などを出して楽しそうだった。お礼を言って建物を出た。

帰り道は、隣に座っていた女性と駅まで一緒に歩いた。なんとなく、学生ではなく、かといって毎日会社勤めをしているわけでもなさそうな話ぶりだったけれど、深くは尋ねなかった。駅に着く頃、やっと雪がちらつき出した。
「じゃあ、お疲れ様でした」と言って別れた。



初めて会う者同士が集まって、その限られた時間を「感じよく」「「和気藹々と」「真剣に」過ごし、終了するとそれぞれ帰っていく。名前を覚えたり、連絡先を交換したりはしない。
小さな水の流れがいくつか、一箇所に集まって、葉っぱや花びらをくるくると水面で遊ばせてからすっとまた分かれて流れていってしまうようなイメージを毎回、している。
それは寂しいとかそっけないとかでは全然、ない。むしろちょっとした清々しさすら感じる。
だって、大人になってからはこんなつき合い、なかなか出来ないでしょう?
大人はそのつき合いの時間の長さや濃さで、いろんな感情がもつれて絡まってしまいがちだ。だから、時々こういうことをしておくと、ちょっとだけ感情が片付く。作った真鍮の指輪を身につけるたびに、あの寒かった日にあのアトリエで一瞬を過ごした人たちのことを少しだけ思う。