(新しい)置き場

ごそごそしています

1500円払って本屋に入る

1500円でできること

1500円は私にとって貴重です。

1500円あれば、ちょっと美味しいランチに行ける。軽めのマッサージなら15分受けられる。もやしなら50袋は買える。それが私にとっての1500円。

それをこの度、本屋に入ることに使ってみました。

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ここのことなのですが。



入場料のある本屋「文喫」。

東京、六本木に2018年12月にオープンした「文喫」。
話題になっていたのでご存知の方もいるかと思う。
1500円払って入場する本屋、だ。

その日は別の用事で朝から六本木に居たのだが、それを済ませたのち、そういえば駅からの道のりにあの話題の本屋さんがあったなぁ、このまま家に帰るのもつまらないしなぁ、と足を運んだのであった。

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本を買うための1500円ではなく、本屋に入場するために1500円を払うのである。
1500円も払うんだったら出来るだけ長時間過ごしてみよう。
この日は11時オープン(通常は9時)、今は11時をちょっと過ぎたところ。まぁ2,3時間過ごせばモトは取れるんじゃないかな。

1500円(税抜き価格だった!つまり税込1620円)を払い、それと引き換えに入場の証となるバッジを受け取る。Wi-Fiのパスワードのことや、中ではコーヒーと煎茶が無料であることなど説明してもらう。(写真は撮らないほうがいいですか?と尋ねると、本の中身や他の利用客を写さなければOKとのことでしたので撮っています)

有料エリアへと足を踏み入れる。開店直後でまだ人は少なく、店内は明るく、空気も澄んでいる。

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店内は選書室・喫茶室・閲覧室・研究室といったエリア分けがされていて、大きなクッションが置かれている場所もあれば、電源のとれるテーブルが一列に並んでいる場所もあったりなど、好みと過ごし方によって選べるようになっている。

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柱のコンクリートは剥き出し。
うっすら気付いてはいたけど、ここ、オシャレだな。オシャレすぎるな。オシャレ濃度が高すぎるぞ。

開店直後にも関わらず、すでに腰を落ち着けて読書に没頭している人たちが居る。邪魔にならないように、私も居場所を探す。
入場料1500円の元を取るべく、できるだけ読書に集中できる場所を探そうと思ったのだが、はたと気付いた。

私、普段どんな姿勢で本を読んでる?



オシャレに本を読みたかった

理想は「ゆったりとソファーに身を沈め、コーヒーを飲みながら優雅に読書」。でも実際は、ゆったりとソファーに身を沈めたら腰が痛くなりそうだし、飲み物を手に取るとき、いちいちよいしょと身体を持ち上げなければいけない。
大きなクッションに背中を預けて足を伸ばして…というのも、憧れではあるけどお尻が痛くなっちゃいそう。
そういえば実家に住んでいた頃、1時間かかった通勤電車が一番集中して読書できてたな…

ううむ…とうろうろした結果、閲覧室と名付けられているテーブル席に決めた。

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私は椅子に座って机に向かう、というスタイルでの読書が馴染み深いと判断したのだった。真面目っぽくてダサいなぁ。オシャレが提示されているのに選び取れない私。オシャレ本屋なんだからオシャレに読書をしたかった(※写真を見てもらえればわかると思うけれど、ここだって十分すぎるほどオシャレだ)。でも仕方ない、私にとって今思いつく最善の読書スタイルはこれなんだし。子どもの頃、自室で勉強机に向かって勉強している風を装いながら読書をしていたことに起因しているのかもしれない。

その電源のある12席にはもうすでに数名が着席し、本を読んだりパソコンを操作したりしていた。私はといえば、今日はスマホのバッテリーもケーブルも携帯しておらず、何ならすでにスマホのバッテリー残量は60%を切っているような有様だ。準備不足も甚だしいが、そもそも電源が必要な作業をするわけでもないし、読書にこの席を使っても問題ないのだからここにしよう。
なお、グリーンのライトはただの飾りではなくてちゃんと灯りがつくが、天井からのライトで十分明るいのでつけずとも問題ない。というか、つけてみたけど暗くて笑っちゃったのですぐ消した。

さて、場所は確保したので本を選びにゆこう。



本棚巡回、物色

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ほどよい高さとほどよい密度の本棚。「日本文学」や「歴史」、「ビジネス」「旅行」などいわゆる本屋さんの並びだ。平台ではスタッフセレクトの特集が組まれている。

さて、どうしようか。

今日は特にこれといって「読みたい本」があったわけではない。1500円の元を取るにはどうすればいいのだろうか。
コーヒーと煎茶は無料で何杯でもいただける。一杯500円として、3杯飲めばいいのか。

オシャレな空気に多少ビビッていた私だが、もともと本は好きなので本棚をゆっくりめぐっているうちにどんどんのってきた。うん、今思い出しても「のってきた」という表現がぴったりだと思う。
これ気になるタイトルだな。あ、このテーマ読んでみたいんだった。そうだこれ読んでなかった!へーこれ単行本出てたんだ…等々。

まずは5冊、手に持って席に戻る。
『近代魔術』『やってはいけないデザイン』『ニューヨークで考え中』『死者の救済史』『元素生活』。
どうでしょうか、この脈略のないラインナップ。
もちろん全てを、最初から最後まで読み気るつもりはない。でも、気になった本を手にとって、じっくり読む・選ぶことができるなんて嬉しいじゃないですか。

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あたたかいお茶を飲みながら読書開始。

没頭、時間泥棒

受付からは、スタッフさんが入ってきたお客に「ご利用は初めてですか?」と確認し、その答えに応じて丁寧に説明をしているのが聞こえてくる。入店者は途切れないようだ。
同じ階の奥の部屋ではにぎやかにミーティングが繰り広げられている。なんというか、六本木で午前中から活発に意見の交換をしている人々なんて、普段の私の生活からはかけ離れていてドラマみたいだ。それか、女性ファッション誌の「着まわし30日」に添えられているストーリー。「今日はクライアントと打ち合わせ!」→「高校時代の後輩男子と偶然再会!」→「いきなりの告白!『高校時代、先輩のこと好きだったんスよ…』」とかそういうやつだ。今付き合っている彼氏と後輩の間で心は揺れ動いたりする。

私は静か過ぎると読書でも勉強でも、あまり集中できない。だからこれくらい、適度に周りから音が聞こえるほうが好きだ。

持ってきた5冊をぱらぱらとめくる。ここは本屋だから、もちろん買うことも出来る。
さっそくこのうちの1冊を買って帰ることに決めた。ボリュームがあり、ここで読みきることは出来なそうだったから。

ざっと目を通し終え、数冊を持って席を立つ。返本台へ戻し、本棚を巡り新たな本を仕入れて着席。
今度はコーヒーにしよう。ドリンクカウンターに立ち寄る。
「あれ、村上春樹のこんなの出てたんだ」「そうだこれ気になってたんだった」「仕事で使えそうな本あるな」
…また、本棚に埋もれていく私。
これを繰り返すこと3回。
私の机を訪れ、また戻っていった本たちはこちら。
『能面の見かた』『能の本』『オオカミ少女はいなかった』『パン屋を襲う』『文字をつくる仕事』『活字に憑かれた男たち』『なくなりそうな世界のことば』『水引デザイン』
目について気になったものをどんどん捕まえては読み、戻す。キャッチアンドリリース

たくさんの本をとっかえひっかえ、好きなだけ読んだり読まなかったりして、自由に過ごす。
店内はいつの間にか混みあっている。私が座っている電源つきのデスク12席は全て埋まり、店内にはずいぶん客がいる。どうやら入場制限もかかっているらしかった。

そろそろお腹も空いてきたな。席を「喫茶室」と名付けられた食事のできる場所へ移動し、名物だというハヤシライスを注文する。1080円。

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お肉とろとろ。ごちそうさまでした。

食後はアイスコーヒー。これは無料ドリンクに含まれている。

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しかし本を読んでいただだけなのに疲れたな…と時計を見ると、16時になろうとしていた。
16時…?
えっ、もう入店してから5時間も経ってたの??!!そりゃあ疲れるわけだよ!!

この疲れで改めて読書に集中できるとは思えなかったので、ここで引き上げることにしよう。
文庫本を1冊買って文喫を出た。ブックカバーはシンプルなチェック。ショップカードを栞代わりにもらってきました。

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さて、ここで「1500円」を思い出してください。
「1500円の元を取ってやる!」と鼻息荒く入場したはずの本屋で、結局は、

入場料…1500円(税込1620円)
ハヤシライス…1080円(税込1166円)
文庫本…1200円(税込1296円)
合計…3780円(税込4082円)

1500円どころか、プラス2300円払っている。
これに後悔しているか?と問われたならば、力強く「No!」と言いたい。

そう、私は本屋に3780円費やしたことを、全く後悔していない。

いろいろな本をたくさん、読んだり読まなかったりして過ごしたいのであれば、図書館でいいのでは?
そう思った貴方、おっしゃるとおりです。私もそう思います。
それどころか、公共の図書館であれば利用するのにお金はかかりませんしね。
電源が取れたりWi-Fiが使えたりする図書館も増えてきているようですし、まぁ飲んだり食べたりが自由にできるところはそれほどなさそうですが、1500円払わなくても、じゅうぶん本に囲まれて過ごすことはできそうです。

それでも今回、私が1500円払ったことを後悔していません。
13冊の本をとっかえひっかえ読めたから?
無料のドリンクを5杯飲めたから?
綺麗なお手洗いを3回も使えたから?
1500円で、六本木で5時間過ごせたから?

どれも正解であり、どれも不正解です。

「1500円払って本屋で過ごす」ということが、自分にとってどんな価値があるのかを試してみたかったのです。
価値、というよりも、純粋に体験してみたかった、というか。
で、結論としては、1500円払って本屋で過ごすの、アリだと思いました。
明るくオシャレな店内で、飲み物がもらえて、いろいろな本に囲まれて、のんびりと時間を過ごすことが出来た。それに私は1500円を対価として払っても良いと思えました。
もっと素直に言うならば、最近なかなかじっくり本を読む時間を取れなかった私のために、1500円で本と本を読む環境を提供してくれたことへの、感謝とも言えます。

最近は、リアル本屋さんの経営は厳しいと聞いています。恐らく、ただ本を並べて売れるのを待つというのでは、商売が成り立たないのでしょう。だからこそ、カフェを併設したり、雑貨販売に力を入れたり、イベントを開催したりとそれぞれ趣向を凝らしていることと思います。
その試みのひとつとしての「入場料」なのだとしたら、私は成功しているように思いました。成功してほしいとも思いました。
1500円。その価値はひとによって異なり、また、読書や本との向き合い方も、ひとによって異なります。
それぞれが、それぞれの1500円を支払って手に入れる体験。500円で十分?1万円払っても足りない?そう、そこには正解なんてないのです。

ただ、言えることとしては。
1500円払って入る本屋、という言葉を聞いて、「なんだと!けしからん!!」とか、「入るためだけに1500円払うなんてもったいないな…」と思った人は、たぶん行かなくて良いと思います。そう感じる人がわざわざ出向いていって「やっぱりけしからん!」となるのは、だれも幸せにならなそうです。
「えっ、なんかちょっと気になる…!」と思った人は、行ってみていいかもしれません。一度行ってみて、それきりになるのかリピーターになるか判断してみてもいいのではないでしょうか。

また、今日手に取った13冊のうち、実際に購入した本は1冊。そのほかは「読まなくていいや」と判断したものもあれば、「これは図書館で借りよう」と判断したものもありました。本屋さんとしては、私が13冊全てを購入すれば僅かながらでも収入にはなったでしょうから、申し訳ないといえば申し訳ないです。しかし、その買う/買わないの決定権は私にあるので、たぶん間違ってはいない使い方だと思います。

あ、念のために言っておくけれど、ありとあらゆる本が置いてあるわけではないです。そりゃあね、場所が限られていますから。でも、本が好きな人にはうってつけの空間ですよ。魅力的な本たちとほどよい距離をたもちながら、仕事をしたり、コーヒーを飲んだり、本を読んだりしながら過ごせるんだから。
じゃあ本が嫌いな人にはどうかって?うーん、さすがにそれは私にはわかりません。本が嫌いでも入店拒否はされないと思います。でも、本が嫌いな人に1500円払わせるのはさすがに気が引けるなぁ。好きなものに1500円払ってほしいです。

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1500円払って本屋に入る、という経験をしてみたい人はぜひ行ってみてください(と、至極あたりまえのことを言って終了です)。

 

【2019年8月、引越しとともに追記】2019年3月、自由ポータルに掲載していただきました 

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