B'zの大ファンというわけではなかった。
だけど1990年代、
B'zが出す曲出す曲ヒットし、街中ではいつでもどこでも流れ、音楽雑誌の表紙を飾り、深夜ラジオでは何度も何度も何度もオンエアされていて、
クラスの女子はだいたいB'zかX(まだJapanは付いていない)かTM(Revolutionではない)が好きで、少ないおこづかいで買ったアルバムを貸し借りしたり、音楽雑誌の切り抜きを交換しあっていた、
そんな頃に多感な中学生時代を過ごしていたのだから、無関心でいられたわけがない。
私がいちばん好きだったのはTMで、その中でも小室さんが大好きだったけど、でもやや病的なビジュアルだった(そこが魅力でもあった)小室さんよりも、稲葉さんのほうがかっこいいな…と思うことは本当はあって、GBのB'zのページとPatiPatiのTMのページ交換しようよ、という提案に、(でも今月の稲葉さんの写真かっこよかったからあげたくないな…だけどもらえるTMのページ数のほうが多いからいいか…)なんて思ったりしていた。けど、私はクラスの誰よりも小室さんのファンでありたかったし、そのつもりだったから、そんなことはおくびにも出さず、小室さんがどれだけかっこよくてどれだけ好きかを日々考えたり話したり口癖を真似したりしていた。
それでも世間を圧倒するB'zの勢いから逃れることは出来ず、ラジオで何度も聴いていい曲だな、と思ったALONEとかBLOWIN'とかシングルCDを買い、稲葉さんかっこいい…と、もちろん、もちろん思っていた。
音楽の詳しいことは私にはわからなかったから、歌詞がいいとか歌う姿がかっこいいとか、そういう聴き方で、もちろんギターのことなんてさっぱりだった。でも周りの男子たちは「日本でいちばんギターが上手いのは松本孝弘だ」「いやホテイだ」とか言っていた。
ライブに行こうとは思わなかった。「初めてのライブはTMで」、と決めていたし、もし仮に当時、B'zのライブ行きたいと思っていたとしても、チケット取れなかっただろうなと思う。すごい人気だったし、親には「ライブは高校生になってから」と言われていたし。神奈川の田舎の中学生にはライブは物理的にも金銭的にも遠かった。そんな「あの頃」。
そうこうしているうちにB'zのビジュアルや曲調が変わって好みではなくなったり、その他の日常のあれこれに気を取られたりしているうちにどんどんB'zからも小室さんからも音楽からも距離ができた。高校時代も大学時代も相変わらず世の中ではB'zが売れに売れていたし、カラオケでは誰かは絶対にB'zを歌うし、親友のI子は熱狂的なB'zファンだったし、だからB'zは相変わらず人気で、曲も出しているしライブもやっているらしい、という気配はしっかりと感じながら、だけど積極的には関わらないまま、そのうち他のいろいろな音楽のなかのひとつ、という位置に私の中では落ち着いた。
私にとってのB'zは、そんな感じ。
それなのに、2026年5月、まさかB'zのライブに行くことになるとはね。

同居人エスシが抽選で取ったのだ。当たったら行く?あーそうだねー、程度の話を数か月前だかにしたきりすっかり忘れていたので、取れたと聞いた時からなんなら当日まで、やめとけばよかったなーと思っていたというのが本音。だって最近の曲知らないし、せっかくの休みの日にわざわざ出かけるの面倒だし。まぁでもエスシがせっかく取ってくれたんだし行くか…
物販テントに行ったエスシを待つ間、会場の前を見渡す。
当然B'zのTシャツやタオルを身に着けた人ばかり。年齢層は私に近い人からもっと年上らしき人が多くて、でも20代くらいの若い人も。そんな中で私はB'zの知識も聴いてきた時間も思い入れもいちばん少ないんじゃないかと思う、というかきっと本当にそうだろう。若干の申し訳なさも感じつつ、でも周りの皆さんのB'z愛に失礼のないよう、ちゃんと楽しもうと思う。
地元の親友のI子にB'zのライブに来ていることをLINEする。すぐに返信が来る。「アルバムのツアーだよね。楽しんで!」
I子は中高生の頃、ずっとずっとかなりのB'zファンだった。でもある時「もうB'zファンは辞めた」と宣言した。あんなに好きだったのに?!と、それはとにかく突然で衝撃を受けたのでよく覚えている。嫌いになったわけではなく、ただ他の音楽を広く聞くようになったという感じだった。その宣言からかれこれ20年以上は経っている。それなのにわざわざI子に報告したのは、私たちのいわば青春時代に夢中だったアーティストだから。私たちずいぶん大人になったけど、でもあなたが大好きで私たちのあの頃を並走していたB'zのライブに今、来ているよ、の気持ちを共有したかったんだと思う。
バックステージ席だとは聞いていたけど本当に真後ろ、3階席の最前列。稲葉さん松本さんの姿は小さく、私の視力は悪すぎるけど、それでも本当に彼らが居て、おお…と思う。同じ空間に!B'zが!席の目の前の高さはライブ中の多くの時間、カメラの映像が映るスクリーンだったのだけど、私はカメラ越しじゃない私の目で稲葉さん松本さんを記憶したくて、見づらくてもできるだけステージを見るようにしていた。小さいんだけど、目が悪いんだけど、映像ではない生身の彼らを見ておきたかった。だけど同時に、どうしてもスクリーンに映る稲葉さんにも目を奪われてしまう。少し前、WBCの中継の時に東京ドームで歌う稲葉さんを見て思った「いまの稲葉さん、こんな感じなんだ」よりも明確に歳を重ねていることが伝わってくる、目元の皺、頬の影。だけど耳に届くのは「あの頃」と遜色ない張りのある歌声。凛々しくて荒々しい、雑誌に載っていたのと変わらない体形。
そして松本さんは、知らないうちにすっかり見事な銀髪で、その髪を輝かせながら悠々と演奏する姿とか雰囲気とか色気とかは圧倒的な存在感で、ちょっと息をのんで目を見張ってしまった。
なんだこれは。待ってくれ。
B'zってこんなにかっこよかったか??
さらに松本さんのソロ曲の時。スクリーンには私たちの夢中だった「あの頃」の松本さんのステージ映像が映されて、もうなんだかそれが衝撃的に私の胸を打った。そうだ、あの頃の松本さんてこんなだった。申し訳ないけど当時は全然、稲葉さんのほうがかっこいいと思っていた、と、そう思っていた「あの頃」の私といまの私が一緒に今ここにいて一緒にステージ上の松本さんと映像の松本さんを見ているようで、それは不思議な、だけどこれまでのずっとを肯定してくれているような瞬間だった。
特に古い曲をやってくれると、それは時間をゆがめるみたいに当時の記憶を引っ張ってきて、不明瞭でも「あの頃」の出来事や感情が渦巻いて私は揺さぶられてしまう。でも同時に、彼らが重ねてきた時間の長さや濃さが今ここに彼らを連れてきているのだと思うと、気が遠くなったし、当然わたしも同じ長さの時間を過ごしてきたんだったなとはっと気づいて、それは、彼らと同じように私も歳を取ったんだなという驚きや悲しみや呆れとはまた全然別の、かといって彼らと比べて自分を卑下するのとも全然別の、ただただ「あの頃」からそれなりに長い時間が過ぎていて、でも彼らも私もこうしてここに居るのだという事実の重みと愛しさみたいなものに、すっかり感激してしまった。
30年。30年かぁ。
帰り道は、いま変に口を開いたらこの感情や感激が溢れてこぼれてしまうように思って、やっとのことで「かっこよかったね」としか言えなかった。
これを境に私はB'zファンになったとか、改めてB'zの曲を聴くようになったということは全然なく、変わらず日々を過ごしている。でもこの夜のことを思い出すと少し心が励まされる。B'zの大ファンというわけではなかった。だけど間違いなくB'zと一緒の時代を過ごしてきていたんだな、と思い知らされた、とてもすてきな夜だった。
この感情や感激を残しておきたくて、いまこれを書いています。






