(新しい)置き場

ごそごそしています

2026年にB'zのライブに行くとはね。

B'zの大ファンというわけではなかった。

 

だけど1990年代、

B'zが出す曲出す曲ヒットし、街中ではいつでもどこでも流れ、音楽雑誌の表紙を飾り、深夜ラジオでは何度も何度も何度もオンエアされていて、

クラスの女子はだいたいB'zかX(まだJapanは付いていない)かTM(Revolutionではない)が好きで、少ないおこづかいで買ったアルバムを貸し借りしたり、音楽雑誌の切り抜きを交換しあっていた、

そんな頃に多感な中学生時代を過ごしていたのだから、無関心でいられたわけがない。

 

私がいちばん好きだったのはTMで、その中でも小室さんが大好きだったけど、でもやや病的なビジュアルだった(そこが魅力でもあった)小室さんよりも、稲葉さんのほうがかっこいいな…と思うことは本当はあって、GBのB'zのページとPatiPatiのTMのページ交換しようよ、という提案に、(でも今月の稲葉さんの写真かっこよかったからあげたくないな…だけどもらえるTMのページ数のほうが多いからいいか…)なんて思ったりしていた。けど、私はクラスの誰よりも小室さんのファンでありたかったし、そのつもりだったから、そんなことはおくびにも出さず、小室さんがどれだけかっこよくてどれだけ好きかを日々考えたり話したり口癖を真似したりしていた。

 

それでも世間を圧倒するB'zの勢いから逃れることは出来ず、ラジオで何度も聴いていい曲だな、と思ったALONEとかBLOWIN'とかシングルCDを買い、稲葉さんかっこいい…と、もちろん、もちろん思っていた。

 

音楽の詳しいことは私にはわからなかったから、歌詞がいいとか歌う姿がかっこいいとか、そういう聴き方で、もちろんギターのことなんてさっぱりだった。でも周りの男子たちは「日本でいちばんギターが上手いのは松本孝弘だ」「いやホテイだ」とか言っていた。

 

ライブに行こうとは思わなかった。「初めてのライブはTMで」、と決めていたし、もし仮に当時、B'zのライブ行きたいと思っていたとしても、チケット取れなかっただろうなと思う。すごい人気だったし、親には「ライブは高校生になってから」と言われていたし。神奈川の田舎の中学生にはライブは物理的にも金銭的にも遠かった。そんな「あの頃」。

 

そうこうしているうちにB'zのビジュアルや曲調が変わって好みではなくなったり、その他の日常のあれこれに気を取られたりしているうちにどんどんB'zからも小室さんからも音楽からも距離ができた。高校時代も大学時代も相変わらず世の中ではB'zが売れに売れていたし、カラオケでは誰かは絶対にB'zを歌うし、親友のI子は熱狂的なB'zファンだったし、だからB'zは相変わらず人気で、曲も出しているしライブもやっているらしい、という気配はしっかりと感じながら、だけど積極的には関わらないまま、そのうち他のいろいろな音楽のなかのひとつ、という位置に私の中では落ち着いた。

 

私にとってのB'zは、そんな感じ。

それなのに、2026年5月、まさかB'zのライブに行くことになるとはね。

 

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同居人エスシが抽選で取ったのだ。当たったら行く?あーそうだねー、程度の話を数か月前だかにしたきりすっかり忘れていたので、取れたと聞いた時からなんなら当日まで、やめとけばよかったなーと思っていたというのが本音。だって最近の曲知らないし、せっかくの休みの日にわざわざ出かけるの面倒だし。まぁでもエスシがせっかく取ってくれたんだし行くか…

 

物販テントに行ったエスシを待つ間、会場の前を見渡す。
当然B'zのTシャツやタオルを身に着けた人ばかり。年齢層は私に近い人からもっと年上らしき人が多くて、でも20代くらいの若い人も。そんな中で私はB'zの知識も聴いてきた時間も思い入れもいちばん少ないんじゃないかと思う、というかきっと本当にそうだろう。若干の申し訳なさも感じつつ、でも周りの皆さんのB'z愛に失礼のないよう、ちゃんと楽しもうと思う。

地元の親友のI子にB'zのライブに来ていることをLINEする。すぐに返信が来る。「アルバムのツアーだよね。楽しんで!」

I子は中高生の頃、ずっとずっとかなりのB'zファンだった。でもある時「もうB'zファンは辞めた」と宣言した。あんなに好きだったのに?!と、それはとにかく突然で衝撃を受けたのでよく覚えている。嫌いになったわけではなく、ただ他の音楽を広く聞くようになったという感じだった。その宣言からかれこれ20年以上は経っている。それなのにわざわざI子に報告したのは、私たちのいわば青春時代に夢中だったアーティストだから。私たちずいぶん大人になったけど、でもあなたが大好きで私たちのあの頃を並走していたB'zのライブに今、来ているよ、の気持ちを共有したかったんだと思う。

 

バックステージ席だとは聞いていたけど本当に真後ろ、3階席の最前列。稲葉さん松本さんの姿は小さく、私の視力は悪すぎるけど、それでも本当に彼らが居て、おお…と思う。同じ空間に!B'zが!席の目の前の高さはライブ中の多くの時間、カメラの映像が映るスクリーンだったのだけど、私はカメラ越しじゃない私の目で稲葉さん松本さんを記憶したくて、見づらくてもできるだけステージを見るようにしていた。小さいんだけど、目が悪いんだけど、映像ではない生身の彼らを見ておきたかった。だけど同時に、どうしてもスクリーンに映る稲葉さんにも目を奪われてしまう。少し前、WBCの中継の時に東京ドームで歌う稲葉さんを見て思った「いまの稲葉さん、こんな感じなんだ」よりも明確に歳を重ねていることが伝わってくる、目元の皺、頬の影。だけど耳に届くのは「あの頃」と遜色ない張りのある歌声。凛々しくて荒々しい、雑誌に載っていたのと変わらない体形。

 

そして松本さんは、知らないうちにすっかり見事な銀髪で、その髪を輝かせながら悠々と演奏する姿とか雰囲気とか色気とかは圧倒的な存在感で、ちょっと息をのんで目を見張ってしまった。

 

なんだこれは。待ってくれ。
B'zってこんなにかっこよかったか??

 

さらに松本さんのソロ曲の時。スクリーンには私たちの夢中だった「あの頃」の松本さんのステージ映像が映されて、もうなんだかそれが衝撃的に私の胸を打った。そうだ、あの頃の松本さんてこんなだった。申し訳ないけど当時は全然、稲葉さんのほうがかっこいいと思っていた、と、そう思っていた「あの頃」の私といまの私が一緒に今ここにいて一緒にステージ上の松本さんと映像の松本さんを見ているようで、それは不思議な、だけどこれまでのずっとを肯定してくれているような瞬間だった。

 

特に古い曲をやってくれると、それは時間をゆがめるみたいに当時の記憶を引っ張ってきて、不明瞭でも「あの頃」の出来事や感情が渦巻いて私は揺さぶられてしまう。でも同時に、彼らが重ねてきた時間の長さや濃さが今ここに彼らを連れてきているのだと思うと、気が遠くなったし、当然わたしも同じ長さの時間を過ごしてきたんだったなとはっと気づいて、それは、彼らと同じように私も歳を取ったんだなという驚きや悲しみや呆れとはまた全然別の、かといって彼らと比べて自分を卑下するのとも全然別の、ただただ「あの頃」からそれなりに長い時間が過ぎていて、でも彼らも私もこうしてここに居るのだという事実の重みと愛しさみたいなものに、すっかり感激してしまった。

30年。30年かぁ。

帰り道は、いま変に口を開いたらこの感情や感激が溢れてこぼれてしまうように思って、やっとのことで「かっこよかったね」としか言えなかった。

 

これを境に私はB'zファンになったとか、改めてB'zの曲を聴くようになったということは全然なく、変わらず日々を過ごしている。でもこの夜のことを思い出すと少し心が励まされる。B'zの大ファンというわけではなかった。だけど間違いなくB'zと一緒の時代を過ごしてきていたんだな、と思い知らされた、とてもすてきな夜だった。

 

この感情や感激を残しておきたくて、いまこれを書いています。

 

ブックサンタ5年目

1年ぶりの投稿が1年前と同じブックサンタ!

 

booksanta.charity-santa.com

 

そう、ブックサンタの季節。

 

今年も、わたしは私と向き合いながら本を選んだ。

「わたしは、子どもたちになにを託そうとしているのか?」

 

自分の子どもは持たないことにした人生だけど、
世の中の子どもたちには幸せでいてほしい。
そんなわたしが、本を通して子どもたちになにを届けようとしているんだろう?
単に「これ面白そうな本!」と選ぶのではなく(もちろんそれでも全然いいんだけど)、
わたしが見ず知らずの子どもに、なにを期待して、なにを望んで、本を贈ろうとしているのか。

 

そう、これはプレゼントの姿をした、自分とのミーティング。
願いとか、望みとか言うとちょっと恥ずかしくもあるけど、
年に一度の恒例行事だ、いざ!

 

**

 

今年は5冊、選びました。

 

日々の生活を、身の回りを楽しむヒントになるんじゃないかと思って。
イラストも字もいっぱいで、ずーっと飽きずに読み続けてもらえそうという狙いもある。

 

この本で描き方を覚えて、いっぱいいっぱい、ずっとずっと夢中で描いてくれたらいいな。
自らの手で世界を作る、ヒントになったら嬉しい。
紙と鉛筆があれば、ひとりでも創作ができるんだよ、って。

 

 

夜空はどこでも見えるはずだから。
あなたの頭の上にはこんな世界が広がっているんだよって、見上げてほしくて。

 

上の3冊より年上の、中学生・高校生に向けて。
本屋さんで見つけるまで私はこの本を知らなかったのだけど、
どうやらちょっと前の作品がついに邦訳された、というものらしい。
帯の文とか、本の感じとかから選択。

 

**

困難な状況に置かれている子どもたちのために。
「自分だけのもの」を手にする、という体験をしたことがない子どもたちのために。
わたしが「はい、これはあなたのための贈り物だよ」と、贈る本に込めたい思い。

 

本を読んで、生き抜く力を身につけてほしい。
本を読んで、孤独と向き合う心を手に入れてほしい。
本を読んで、人生を楽しむ技を知ってほしい。

そして、
見ず知らずのどこかの大人が、あなたの幸せを願っているということ。

 

どんな子に届くんだろう?
どんな子が選んでくれるんだろう?
私はわくわくして、そわそわして、
ああ、今年も誰かのために本を選んだな、と思うだけで1センチくらい浮いた足取りになる。
わたし、誰かの役に立ててるんだな。ふふ

 

そんな気持ちでレジに向かう途中、通りがかった新刊棚で見つけて
そうだ!これもこれも!と慌てて追加した本

みんな大好きデイリーポータルZの林さんの新刊。
そうだよ、この世界を楽しく生き抜くヒントにぴったりの本だよ!!
ちくまプリマーだし、中学生・高校生に届け!
と同時に、これは自分で読む分も購入。

 

こうして今年も、ブックサンタミッション完了。
なんだかんだいって私にとっては一番大切な、一番充実するクリスマスのイベントなんだよな。

 

ブックサンタ4年目

 

ブックサンタの季節である。

 

booksanta.charity-santa.com

 

北海道に移住してはじめてのブックサンタ。
いままでは大手町の丸善を使っていたけれど、さてどこだったらやってるかな…?と検索すると、住まいの最寄りの駅ビルに入っている本屋さんで実施中だとわかった。

 

さっそく向かうと、店舗前にブックサンタの告知ポスターが貼られている。

そこに「現在〇〇冊!」と手書きで添えられていたのだけど、その数が思っていたよりも少なくて、ちょっと驚いてしまった。

じゃあ何冊だったら驚かなかったのか?というのは全くわからないし、以前使っていた大手町の丸善には冊数の表示はなかったので、比べられるものじゃないけれど

そうか、そんなに参加者は多くないんだな…と、現実を見せられたように感じた。

まあ、いい。
現在の冊数が二桁だろうと何桁だろうと、わたしは参加するのだ。

 

困難な環境に置かれているのなら、図書館を使えばいいじゃない。
と、私も以前は思っていた。
でも、遠くて図書館に行けないとか、そもそも図書館がないとか、そういうこともあるのだそうだ。
そして、「自分だけの本」の存在というのも、図書館の本とはまた違う価値があるということである。
そうか、たしかに。うん、言われてみればそうかも。

 

また、北海道に移住して、幸いなことに住まいのちかくに本屋さんも図書館もあるけれど、本屋さんがない自治体も図書館もない自治体も本当にあるのだと知った。もちろんこれまでにもニュースで知ってはいたけどさ、そうか本当にそうなのかと。

思ってるより本が遠い存在の子どもたちが多いのだな、と、動揺してしまう。

 

本は好きなほうだ。
なので、子どもたちに贈りたい本は?と探し始めるとキリがなくなるのはわかっている。
さすがに石油王ではないからキリを設定しなくてはいけなくて、その予算に収めるつもりで選んでいる。
でも最近は本の値段も上がっているので、結局すこしオーバーしてしまった。

 

ブックサンタの対象者は0歳から18歳ということだけど、絵本はけっこう集まるらしいので他の方にお任せするとして、私は小学校高学年くらいから中高生くらいをイメージしながら選ぶ。
が、良さそうな本をみつけたときにはその限りではないし、どんな本を何歳が読んだっていいのだから結局は想定年齢なんてあってないようなものだけど。

 

そんなわけで中高生向けの本を探したのだけど、少ない。
使い慣れていない書店なので見つけられなかっただけかもしれないけれど、学習参考書の棚はたくさんあるのに、読み物類はほんのひと棚の半分くらい。
丸善にはもっとたくさんあったから拍子抜けしたというのが本当のところだけど、それはこのお店の都合なので比べても仕方がない。ちょっと離れたところにはもう少し大きな本屋さんがあるはずだ。そして北海道にはコーチャンフォーという巨大な書店があるとは知っているが、まだ行けていない。選択肢を増やすならそちらを使うべきだけれど、書店員さんのキュレーションを信頼し、やっぱりここで選ぶことにする。多すぎると逆に選べないからな私は。

 

選んだ本。

兄弟が主人公の外国文学。
文明開化の時期の博物館を舞台にした、少女の成長譚。
鉱物や宝石の図鑑。
文字やイラストを可愛く書くための本。

以上4冊。

 

ブックサンタのために本を選ぶ。
つまり子どもたちにどんな本を贈りたいかを選ぶ時間、は、
「自分が子どもたちになにを願っているのか」を、考え向き合う時間でもあるのだと再確認する。

毎日を楽しく過ごしてほしい。
夢中になれる興味をみつけてほしい。

わたしは子どもを持たなかったけれど、自分がこの世界の子どもたちにどうあって欲しいかを、そうかそんなふうに考えているんだな。

 

今年のブックサンタのHPでは対象者が「様々な困難によって体験格差を抱える子ども達」となっていた。

体験格差。

ここ数年でよく耳にする言葉。
まさか「本を読む」という体験ができない子どもがいるとは思っていなかった。
読書好きの父に子どもの頃から図書館に連れて行ってもらえていたのは幸運なことだったのだなと今さら気づく。

本を読むだけですべての体験格差を埋めることはできない。わかっているけれど、でも。本を読むことで手に入れられる知識がある。本を読むことで手に入れられる強さがある。それを。それさえも、体験できない子どもが、少しでも減りますように。わたしが選んだこの本が、誰かの心を支え、この先の人生を支えますように。

そう思って毎年、ささやかだけれど本を選ぶ。