ブックサンタ4年目
ブックサンタの季節である。
北海道に移住してはじめてのブックサンタ。
いままでは大手町の丸善を使っていたけれど、さてどこだったらやってるかな…?と検索すると、住まいの最寄りの駅ビルに入っている本屋さんで実施中だとわかった。
さっそく向かうと、店舗前にブックサンタの告知ポスターが貼られている。
そこに「現在〇〇冊!」と手書きで添えられていたのだけど、その数が思っていたよりも少なくて、ちょっと驚いてしまった。
じゃあ何冊だったら驚かなかったのか?というのは全くわからないし、以前使っていた大手町の丸善には冊数の表示はなかったので、比べられるものじゃないけれど
そうか、そんなに参加者は多くないんだな…と、現実を見せられたように感じた。
まあ、いい。
現在の冊数が二桁だろうと何桁だろうと、わたしは参加するのだ。
困難な環境に置かれているのなら、図書館を使えばいいじゃない。
と、私も以前は思っていた。
でも、遠くて図書館に行けないとか、そもそも図書館がないとか、そういうこともあるのだそうだ。
そして、「自分だけの本」の存在というのも、図書館の本とはまた違う価値があるということである。
そうか、たしかに。うん、言われてみればそうかも。
また、北海道に移住して、幸いなことに住まいのちかくに本屋さんも図書館もあるけれど、本屋さんがない自治体も図書館もない自治体も本当にあるのだと知った。もちろんこれまでにもニュースで知ってはいたけどさ、そうか本当にそうなのかと。
思ってるより本が遠い存在の子どもたちが多いのだな、と、動揺してしまう。
本は好きなほうだ。
なので、子どもたちに贈りたい本は?と探し始めるとキリがなくなるのはわかっている。
さすがに石油王ではないからキリを設定しなくてはいけなくて、その予算に収めるつもりで選んでいる。
でも最近は本の値段も上がっているので、結局すこしオーバーしてしまった。
ブックサンタの対象者は0歳から18歳ということだけど、絵本はけっこう集まるらしいので他の方にお任せするとして、私は小学校高学年くらいから中高生くらいをイメージしながら選ぶ。
が、良さそうな本をみつけたときにはその限りではないし、どんな本を何歳が読んだっていいのだから結局は想定年齢なんてあってないようなものだけど。
そんなわけで中高生向けの本を探したのだけど、少ない。
使い慣れていない書店なので見つけられなかっただけかもしれないけれど、学習参考書の棚はたくさんあるのに、読み物類はほんのひと棚の半分くらい。
丸善にはもっとたくさんあったから拍子抜けしたというのが本当のところだけど、それはこのお店の都合なので比べても仕方がない。ちょっと離れたところにはもう少し大きな本屋さんがあるはずだ。そして北海道にはコーチャンフォーという巨大な書店があるとは知っているが、まだ行けていない。選択肢を増やすならそちらを使うべきだけれど、書店員さんのキュレーションを信頼し、やっぱりここで選ぶことにする。多すぎると逆に選べないからな私は。
選んだ本。
兄弟が主人公の外国文学。
文明開化の時期の博物館を舞台にした、少女の成長譚。
鉱物や宝石の図鑑。
文字やイラストを可愛く書くための本。
以上4冊。
ブックサンタのために本を選ぶ。
つまり子どもたちにどんな本を贈りたいかを選ぶ時間、は、
「自分が子どもたちになにを願っているのか」を、考え向き合う時間でもあるのだと再確認する。
毎日を楽しく過ごしてほしい。
夢中になれる興味をみつけてほしい。
わたしは子どもを持たなかったけれど、自分がこの世界の子どもたちにどうあって欲しいかを、そうかそんなふうに考えているんだな。
今年のブックサンタのHPでは対象者が「様々な困難によって体験格差を抱える子ども達」となっていた。
体験格差。
ここ数年でよく耳にする言葉。
まさか「本を読む」という体験ができない子どもがいるとは思っていなかった。
読書好きの父に子どもの頃から図書館に連れて行ってもらえていたのは幸運なことだったのだなと今さら気づく。
本を読むだけですべての体験格差を埋めることはできない。わかっているけれど、でも。本を読むことで手に入れられる知識がある。本を読むことで手に入れられる強さがある。それを。それさえも、体験できない子どもが、少しでも減りますように。わたしが選んだこの本が、誰かの心を支え、この先の人生を支えますように。
そう思って毎年、ささやかだけれど本を選ぶ。