自販機で新聞を買う
新聞を買う必要があるのだった。
コンビニで売っているような気がするが、さて、目当ての新聞は置いてあっただろうか。
検索すると、近くに販売店があり、店頭に自販機があるという。
よし、行ってみよう。
実は憧れていた
ところで新聞の自販機をご存じだろうか。
わたしはご存じではあった。が、使ったことはない。
散歩をしていると突然現れることがあって、その都度「おお、新聞の自販機」と思ってはいたのだが、そんな時はだいたい「おお、新聞の自販機(笑)」と、なぜだか語尾に「(笑)」がついていたものだった。
それには、「こんなところで買う人いるのかな(笑)」「てか壊れてない?(笑)」「レトロですな(笑)」等、少々いじわるな気持ちが込められていたのだけど、
違ったんだな、きっと。
わたし、新聞の自販機を見るたびに、自分の知らない文化にちょっとした憧れがあったんだと思う、本当は。
その証拠に今こうして、ちょっとわくわくしながら、軽快な足取りで向かっているじゃないか。
人生は短い、「(笑)」で誤魔化す時間はない。自販機で新聞を買おう。
そういえばの記憶
そういえばあったかも、あそこに。
通り過ぎることは何度かあったけど、まさか能動的に向かう日が来るとはね。
あの自販機、ちゃんと動いてるのかな?
散歩中の柴犬が完全にお腹をみせて道路に転がっている。そのごきげんなお腹を飼い主さんが撫でて、通りがかりの、ニット帽をかぶったおばあちゃんが加わりたそうに眺めている。
ここらへんで芸人さんがルームシェアしてるらしいけどどのあたりかな、このアパート怪しいかな。
白バイが警告音を鳴らし、前を走っていた車が速度を落とす。通り過ぎざまにちらりと様子を見る。私の向かいから歩いてきた女性も同じくちらりと様子を見ていた。
引っ越しのトラックの側にダンボールと、布の山。
そう、引っ越しには大量の布が使われるのだ。毛布のような、絨毯のような、派手な色みと柄の布。
道をまっすぐ歩くだけでもいろんなことが起きている。
いくつもの光景のなか、販売所を目指して歩く。
使えるのか、否か
もうすぐ販売所だ。楽しみだけど、不安もある。
今後の展開として、考えられる可能性は3つ。
➡そしたら、中のお店の人に声を掛ければ売ってもらえるかな?でも朝でも夕方でもないこんな中途半端な時間でも、中に人いるのかな?
➡この場合も、中のお店の人に声を掛けて教わろう。でもお店の人が直接売ってあげるよ、って言ってきたらどうしよう?自販機で買いたいんです!なんて断ったら申し訳ないよね……
➡そもそも使えるのか壊れてるのか、簡単に見分けがつくかな?お金入れたけどじつは壊れてました・お金戻ってきません!なんてことになるかもしれないし。
など考えながら歩き、到着。
そして購入へ
思ってたより大きいな。あと屋根がついてる。
おまえ、「ニュースくん」っていうんだな!
日付のところと金額のところの赤いランプが点いているってことは、ちゃんと使えそうだ。
さまざまなフォントを駆使して、3種類の新聞が売られているらしい。
自販機の中は薄暗く、本当に新聞が入っているのかはよく見えないのだけど
今日の日付も表示されているし、とにかくお金を入れてみよう!
100円玉1枚と10円玉2枚を投入、でも油断せずに耳をそばたてる。もしかしたらやっぱり壊れてて、お金が戻ってきちゃうってこともあるからね……。
果せるかな、各新聞の右にある楕円形のボタンにほんのりと赤が灯った。
色あせて曇って見づらいけど、これは買えそうだ!私はそのささやかな息吹を写真に収めるのも忘れてボタンを押した。
ジーっというゼンマイのような音がして、口がぱかんと開く。その隙間から新聞がにゅっと、なおかつ、しずしずと差し出された。出た!新聞が出た!
引き出そうと新聞に触れる。ぴしっと折られているからだろうか、職場で見るのよりも薄い気がする。新聞はひんやりと、カサっとしていた。
うぉぉ……買ったぞ、自販機で新聞を……!
初めての体験に心も足取りも軽くなり、近くの町内掲示板をしみじみと読むなどして心の平静を保った。
思春期の子を持つ親のための講演会。本の交換会。相続遺言セミナー。
私は今、はじめて自販機で新聞を買いました……!
そのあと歩いて5分ほどの図書館へ行き用事を済ませ、帰り道にまた「ニュースくん」の様子を見に立ち寄った。
寸分違わぬ立ち姿で、たぶん中身も減ることなく、そこにあった。
コンビニでも買う
となりのセブンに入り、もう一紙、別の新聞を購入した。
手に取った新聞はやっぱり職場で見るのよりも薄い気がして、夕刊かな?と思ったけれど朝刊だった。
店内にあったからか、さっきの新聞と比べると心持ちしっとりとしているように思えた。
レジの女性はバーコードリーダーで新聞のどこかを読み取り、私はSuicaで支払いをした。
新聞、バーコードついてるんだな。
受け取った新聞からはおでんの香りがするように感じた。
さあ帰ろう
帰り道。
引っ越しは終わり、布の山も消えていた。白バイは次に向けたスタンバイをしていた。柴犬はもういなかった。
夜には最強寒波が来るという。