(新しい)置き場

ごそごそしています

車もバイクもないけれど フェリーに乗って小樽まで

フェリーという存在は知っていたけれど、それを使うのは車やバイクとともに移動する人たちだけだと思っていた。
まさか、車もバイクもない私が、フェリーで小樽に向かうことになるとはね。
しかも、想像以上に盛り上がる経験だった。

 


なんでフェリー?

夏の旅行の計画を練る私のそばで、同居人エスシがうるさいのだ。

「夏のフェリーは気持ちいいよ~」
「フェリー旅、楽しいよ~」

小樽が故郷のエスシは学生時代、帰省するのによくフェリーを使っていたといい、やたらと船旅の楽しさをアピールしてくる。

船なんて私、遊覧船とかグラスボートとか、あと沖縄で島間移動くらいにしか乗ったことがない。

そんなにフェリー旅経験を自慢してくるなら、私も乗ってやるわ!

こうして8月下旬、私は夜行バスで新潟へと向かった。

その証言は正しいのか

ちなみにエスシの、フェリー旅に対する証言はこうだ。

1.早朝の新潟駅ロイヤルホスト以外に行く場所がない

2.潮風に吹かれながらデッキで読書は気持ちが良い

3.注文方法がわからず、レストランでの食事をあきらめた

4.遮るもののない水平線に夕日が沈むのは感動する

5.大浴場では船の揺れに合わせて桶がザザーーっと滑っていく

6.携帯の電波はほとんど入らない

7.知らない人たちとの大部屋での雑魚寝は楽しい

8.夜中、すれ違う船の乗客同士で手を振り合う

 

エスシがフェリーで帰省していたのは「10年くらい前かなぁ?」と言うが、エスシは40代。学生時代は20年近く前のことだろう。また、夏冬ともに使ったことがあるそうで、もろもろの記憶はごっちゃになっている可能性もあるが、
今回は私のひとり旅で、エスシの記憶がどこまで正しいかを検証したい。

 


早朝の新潟駅

朝の7時、新潟到着。

証言1:早朝の新潟駅ロイヤルホスト以外に行く場所がない

分離帯にNI♥I♥GATA

スーツケースをゴロゴロさせながら、朝ごはんを食べられそうなお店を探して歩く。
ええと、ロイホ以外のお店は…

歩く…

歩く……

 

検証結果:ロイヤルホスト以外なかった

 

いやいや、新潟駅、立派なところよ。絶賛工事中でこれからますます便利になるのだと思う。しかし、いかんせん朝7時だ。お店はたくさんあっても、朝ごはんを食べられそうなのは確かにロイヤルホストくらいしかなかった。(後で探したらスタバもあった)

 

野球の話題を挟みつつ私のロイホ訪問を喜ぶエスシ。

老若男女ひしめく待合室

10時過ぎに駅前から路線バスに乗り、20分ほどでフェリーターミナルに着いた。

(大人でもはじめてののりものはわくわく&緊張するものですね!なので写真を撮り忘れました!)


驚いたことに、待合室にはたくさんの人がいた。老若男女、一人旅、バックパッカーカップル、グループ、そして赤ちゃんを含めた家族連れもいる。

え、フェリーって、こんなに人気があるの??

学校はまだ夏休み期間とはいえ、8月下旬の平日。しかも、フェリーだよ?飛行機でもなく、新幹線でもなく、フェリーだよ?(二回言った)

フェリー会社のサイトを見て、いろんなタイプの客室があることは知っていた。だけど専用テラス付きのスイートルームなんて誰が泊まるんだよ、と思ったのだ。
でもこうして実際に目の前でさまざまな人たちが乗ろうとしているのを見て、そうか、フェリーにはいろんな乗客がいるんだな…とやっと納得した。

車もバイクもなくたってフェリーには乗っていいんだ。

これから十数時間、よろしくな

想像と違う

うきうきと乗船する私。
いきなり、きらきらとした吹き抜けだ。

天井高っ!!

え、わたし乗る船まちがった?これは豪華クルーズ船??

ホテルのラウンジかな?

旅館に来ちゃったかな?

その他、はしゃぎすぎて写真を撮り忘れたがフィットネスルームやカラオケルームなんかもあって、目も口も開きっぱなしだった。周りの乗客も、興奮してふわふわと歩いているように見える。

 

あらぁ…
思ってた「フェリー」と、全っ然ちがうわね。
車とバイク、ガソリンと排気ガスと汗のにおいが染みついた、荒々しい船だと思っていた。
エスシの言う「船旅サイコー」がちょっとわかった気がする。

昼12時から朝4時半まで、16時間半の旅

船内を探検していたらいつのまにか出港していた。いざ、小樽へ!

 

デッキで読書を試みる

船内では缶ビールを開けてくつろぐ人々が現れている。そうだよなぁ、大人の船旅だったらこういうときビールだよなぁ。私はお酒を飲めないが、その姿はうらやましかった。

証言2:潮風に吹かれながらデッキで読書は気持ちが良い

そうだ、私にはビールの代わりに読書があるじゃないか。
いそいそとデッキに出てみる。

やや曇り気味

…暑い。

暑い!

 

ゆるく風は吹いているけれど、まだ陸から近いからか、まあまあ暑い。
うーん、爽やかな読書って感じじゃないな。もう少ししたら涼しくなるのかな。いったん中に戻ろう。

検証結果:まだちょっと暑いかな

 

イベントがある

壁のポスターが目に入る。

こういうの応援したくなる

クイズラリーとクロスワード
正解すると抽選で賞品が当たるらしい。

あらあら、大人の多いこんな場所でこの手のイベントだなんて、きっと参加者は少ないに違いないわ。せっかくスタッフさんががんばって企画したのでしょうから、わたし張り切って参加します!イベント運営経験があるとこういうとき運営側の気持ちになる。盛り上げてあげたい。

もちろん両方に参加

記名欄があるけど、フルネームだと当選して貼り出されたときに恥ずかしいから下の名前だけでいいよね~参加者少なすぎて両方商品当たっちゃうかもね?

と、いそいそとクイズラリーを回り、クロスワードを解き(けっこう難しかった)、では回答ボックスへ…!と勇んで向かったら、大人たちが続々と集まっている。

え。こんなに参加する人いるの?
回答ボックスの前の、使用済の鉛筆も小山になっている。
わーみんな本気じゃんと思いながら私も投函完了。いま回答用紙を取りに来るファミリーも、投函にくるカップルも、まだまだいる。船旅を隅々までエンジョイしてやろうという気概のある人々が乗船しているのだな。船旅の未来は明るい。

(数時間後に貼りだされた当選者名はみんなちゃんとフルネームでした。私の名前はありませんでした。両方当たる気でいた私の心の強さを褒めてほしい)

 

海だなー、青いなー

船の揺れ

16時間の船旅なんて、船酔いしないかな?とちょっと心配だったが、船がまあまあ大きいからか波が穏やかだからか、今のところ大丈夫そうだ。
それどころか、波のゆれを新鮮で楽しく感じられている。
カーペットの下の下のほうからゆっくりと押し上げられるような感覚。どっしりとしたエレベーターの重力に似ているけれど、不規則な小さな加速と減速。
ああ、これが波なんだ。

快適なレストラン

食事。
周りではお弁当を広げている人も多いけれど私はなにも持ってこなかったので、昼食も夕食も船内のレストランを使った。

証言3:注文方法がわからず、レストランでの食事をあきらめた

 

エスシは攻略できなかったというレストランは…

はい便利

検証結果:完全タブレット注文だったので問題なし!

 

しかもちゃんとおいしい。

昼はグラタン、夜はザンギ

海を見ながら快適にごはんタイム終了。支払いもセルフレジで、びっくりするくらいスムーズだった。

夕日は反対側に

夕食どきはちょうど日没の頃。

証言4:遮るもののない水平線に夕日が沈むのは感動する

 

これはまだ雲の中に夕日があるとき。

ちょうどレストランの順番待ちで名前を呼ばれてしまった。レストランは日没の方向と反対側だったため、ジャスト日が沈むという瞬間は見ることができなかった。

検証結果:きっと感動したであろうなぁ

 

日本海で入浴中

混む前にと思い、ちょっと早いけれど18時頃に大浴場へ。

証言5:大浴場では船の揺れに合わせて桶がザザーーっと滑っていく

 

ビジネスホテルと比べても全く遜色のない規模と雰囲気の脱衣場、大浴場。
違うのは、つねにゆっくりと揺れているということと、浴槽の窓からの景色が海、ということくらい。インフィニティ風呂だ。

しかも、露天風呂もあるというではないか。
もちろん、入る。

 

日が沈んで完全に暗くなるまでの間の、少しだけ明るさを残した空。
雨なのか、風に飛ばされた波なのか、細かい水が顔にかかる。

日本海の上でいま私はお風呂に入っている。日本海上で裸だ。
なんなんだこれは。思わず頬が緩む。
ゆっくりとした揺れにおしりの下から持ち上げられ、ふっと力を抜かれて降ろされる。船のお風呂って、もっとじゃばじゃばと波打つのかと思っていたけどそうでもないな。めまいとも違う、波のプールとも違う、もっとおおらかな揺れだった。

検証結果:桶がザザーっ?そんなことはない!

 

ロビーの人々

お風呂を出る。
ロビーや通路では仲間同士でビールを飲んだり、紙の地図を見ながら旅行の計画を練ったりしている人たちでさざめいている。
バイクのヘルメットを足元に置いてビールを飲みながら談笑する、日に焼けた男性たち。
備え付けの新聞をめくる女性。
お土産物屋さんでTシャツを選ぶ親子。
ロビーのテレビをなんとなく眺める男の子。

 

充実の自販機コーナー

乗客全体の間に親密な時間が流れている。
今日この日に、船での旅を選んだ者同士の親近感?
それとも、今ここでなにかあったら一蓮托生、という緊張感?
ゆるやかにでも、絶え間なく身体がずーっと揺られていると、普段と違う心持ちになるみたいだ。

 

初めての船旅は、身体的にも気持ち的にも目新しいことばかり。
アイスを買って部屋で食べた。冷たさと甘さがじんわりとしみた。

 

証言6:携帯の電波はほとんど入らない

検証結果:使えないなら使えないでまあいいよね

 

灯台を見る

21時。部屋のテレビでは、船の現在地が示されている。
北海道のつま先あたり(松前半島のこと)に差し掛かるころだ。どこかの灯台がみえるかな。

部屋を出てデッキへと向かう。
おや、明らかに昼間よりも船が揺れているな。歩いていても波を感じる。

 

デッキに出る。
強い風。小雨?霧?どこからか水が飛んでくる。
暗い。でも時々、星は見える。
船は昼間よりも揺れている。
私の他には男の人が一人。なにをしているのだろう。(と、あっちも思っているだろうな)

 

手すりにつかまって陸のほうを見ると、点滅する光が見えた。灯台だ。

見えますか(静止画です)

不規則である。


灯台って、規則的に点滅を繰り返しているのだと思っていたが、どうも様子がおかしい。船は揺れていてちょっと怖いが、気になってスマホを取り出し、時間を計測してみた。
だいたい6秒と18秒間隔で点滅を繰り返しているらしい。そんな不規則なことある?教えて!灯台博士!
しかし、それどころではない。この揺れのなかで手が滑ったらスマホは海へ、足が滑ったら私も海へ…

怖い!
もっと灯台を見ていたかったが撤収だ。

 

デッキの端の大きなスクリーンでは、プロジェクトXが流れていた。

夜のデッキの片隅で

荒波に揺られるプロジェクトX。東京から遠く離れた松前半島沖の海上では、夜の日本海に向かってプロジェクトXが放映されているのだな。知らなかった。

 

夜の船内

船内へ戻ると、閉じたカフェのパネルがゆらゆらと揺れている。

ゆーらゆら(静止画です)

おお、波が本気出してきたな。無意識に手すりにつかまってしまう。
狭い部屋では船酔いするかもと思い、サロンで本を読むことにした。

夜はまた違った雰囲気

誰もいない。21時半。みんなもう寝てしまったのだろうか。

消灯時間の22時になったので部屋に引き上げる。

 

快適な個室

証言7:知らない人たちとの大部屋での雑魚寝は楽しい

部屋。
こじんまりとしたビジネスホテルの部屋を想像してほしい。
そこから、バス・トイレ・洗面台と、間接照明、鏡、クローゼット、冷蔵庫、ポット、マグカップ、ゴミ箱、ティッシュ、机の上のレターセット、そして窓を取っ払い、四方の壁と天井と、ベッドのサイズをぎゅっとする。

こうなりますね

枕元には電源があり、足のほうには壁掛けテレビ。必要最低限のものが濃縮された環境で私はすっかりごきげんだ。

壁は薄いので、隣の部屋の人が荷物整理をする気配を感じるし、寝息も聞こえる。
大海原に独りではないと感じられて、ちょうどいい。

検証結果:この船には大部屋はなかったよ、でも個室もいいよ

 

仮眠

揺れは大きくなっている。身体を起こしていると船酔いしそうだ。横になれば船酔いしないという保証はないのだが横になり、明かりを消す。23時にスマホのアラームをセットした。
眠りに落ちながら、この揺れは船の揺れ…地震じゃないから怖くないよ…と自分に言い聞かせるが、一瞬寝落ちしては「はっ!地震!」とビクっとしてしまう。違う違う。

それを何度か繰り返すうちに、23時。鳴る前のアラームを止めて、私は部屋を出た。

 

船室を抜け出して

夜になると海が荒れるのだろうか、それとも単に、今日の天候や海域のせいなのだろうか。

揺れは昼間よりも明らかに大きい。横にも上下にも引っ張られる。「地に足をつけて」、という言葉は言い得て妙だなぁなどと感心しながら、廊下の手すりをたどってロビーへ出る。
デッキへ続く通路では、タブレットで大音量でゲームをする男の人が一人と、本を読む男の人が一人。夜の日本海には、いろいろな人がいる。

 

彼らの横を通過して、私はデッキへの扉を開ける。扉を風が押し戻してくる。

 

証言8:夜中、すれ違う船の乗客同士で手を振り合う

 

昼間のうちに、新潟行きのフェリーとすれ違う時間を確認しておいたのだ。
夜遅い時間だと言われた。

どうしても見たかった。
私と逆の航路 ー小樽から新潟ー のフェリーの乗客と、手を振り合いたかった。

それで、この時間まで起きていたのだ。

23時。
夜の海、怖すぎる。
さっきよりも星の数は多くて、陸も船尾の左右に見える。
灯台らしき明かりも、いくつか見える。

でも、船の進行方向に目を向けると、なんにも見えない。波も見えない。闇があるだけだ。

 

船は大きく揺れる。
上下と、左右と、斜めと、いろいろ合わさったパターンで揺さぶってくる。
風もめちゃめちゃ強い。吹き上げられた髪の毛は視界を遮り、口にも入る。眼鏡を手で押さえる。慌てて手すりを掴む。濡れた手すりはつるりと滑る。

船のエンジンの音と、風の音と、波の音が絶え間なく聞こえている。風の音は時おりさらに大きくなり、それに合わせて船も揺れる。霧なのか波なのか、デッキは濡れている。

私は細い柵を握りしめながらよたよた歩く。遠くに灯台のあかりがあるけれど、船の上下に合わせて見えたり見えなくなったりする。

新潟行きのフェリーが来るはずの方向を見る。
しかし、なにも見えない。暗闇だ。風ばかり吹いている。揺れは激しい。大きな波が来たら、どうなるのだろうか。暗い。怖い。

怖い。
闇とは、恐怖なんだな。

スクリーンの放映は終わっているし、誰もいない。
少しの明かりはついているけれど、海を広く照らすほど強くはない。
船体横の波は泡立って、青白く見える。

いま大きく船が揺れて、私が落ちたら
誰か気づいてくれるだろうか?

監視カメラには映っているかもしれないけれど
日本海だもんな、広いもんなぁ…

見つけてはもらえないだろうな

運命共同体

すれ違い予定時刻までもうすぐ。
せめて風を避けようと、つたい歩きをして風よけのあるエリアに逃れる。
透明な風よけに自分の顔がうつる。顔を寄せて向こう側の海を見ようとするけれど、海が暗すぎて映り込んだ自分の姿しか見えない。

これじゃあフェリーとすれ違っても、気づけないかもしれない。
ここまで来て、見逃すなんてくやしい。向こうの船に手、振りたい。

そう思って、再び風よけのないエリアに出てみる。

闇。風。波。
怖い、怖い。無理無理!

また風よけの陰に戻る。
これは命が、命が危ない。
でも、見たい。手を振りたい…。

この繰り返しをすること、30分。
予定時刻はもう過ぎているけど…まだかな…

私、はっと気づく。

 

あれ、もしかして23時20分じゃなくて、22時20分だった…?

 

案内所で尋ねたのだった。
最初、2時と言ったように聞こえて、2時?22時?どっち?と思って、それで、私は「22時ですね?」って聞き返したんじゃなかったか…?

 

スマホを開いて船内で撮った写真を確認する。

通過ポイントと時間がわかる

このへんの時間帯があやしいよね…(今乗っているのは右側)

すれ違いが23時を過ぎるということは…なさそうな感じしますね…


間違えた…

 

30分恐怖と戦った私はおとなしく船内へと引き上げた。タブレットで大音量でゲームをする男の人は変わらず同じ場所にいた。

 

検証結果:振りたかったな、手…

 

部屋に戻って寝た。

 

夜中の船では物が転がる

深夜、目が覚める。
船はあいかわらず揺れているけれど、眠気のほうが勝っているので酔わないし、怖くもない。
船のエンジン音。どこかの部屋で何かが転がる音。
カララ、かたん。ばたん。
カララ、かたん。ばたん。
揺れに合わせて規則的に、転がる。
その音を聞いているうちに、また眠りに引き込まれていく。
カララ、かたん。ばたん。
カララ、かたん。ばたん。

 

しばらくしてまた目を覚ます。
転がるなにかが増えている。

カララ、かたん。コン、ばたん、トン。
カララ、かたん。コン、ばたん、トン。

 

誰もがぐっすりと眠っているのだろう。
夜の底の海の上で、物は転がり続ける。

カララ、かたん。コン、ばたん、トン…

 

小樽到着

静かな朝

朝。船は無事、小樽港に入港。
通常は4時半下船だけれど、私は6時下船の手続きをしていたのでゆっくり起き、ゆっくり支度をして部屋を出た。
もう人もまばらだった。静かな朝だ。
私はスーツケースを引きながら、早朝の小樽を歩き出した。

 


これで私の初めてのフェリー旅は終わりだ。
最後に証言しておこう。

1.早朝の新潟駅周辺にはロイヤルホストとスタバがある

2.潮風に吹かれながらデッキでの読書は条件が合えば気持ちが良いのだろう

3.レストランでの食事は便利で良いぞ

4.遮るもののない水平線に夕日が沈むのを見たければ時間を確認して行動しよう

5.大浴場では日本海上で裸なことに思わず笑ってしまう

6.携帯の電波はほとんど入らないけどそれはそれで良い

7.各種部屋タイプあり、好みで選ぼう

8.次こそ夜中、すれ違う船の乗客同士で手を振り合いたい

 

こうしている今も、どこかの海を船はゆくのだ。

 

<日記>ヨシタケシンスケ展かもしれない に行ってきた

ヨシタケシンスケさんが好きで、展覧会には行こうと思っていた。
7月頭までだったはず、いつ行こうかなと6月中旬に検索したら、すでに前売り券は完売していた。
しかしどうやら当日券が若干出たり、出なかったりしているらしい。

よし、当日券に並んでみよう。

 

知らない地域の初めてのバス

8時半の電車に乗る。普段の仕事と同じくらいの時間に、逆方向の電車に乗るのは新鮮だ。

荻窪駅で降りてバス停へ向かう。バス停の位置と時間はあらかじめ確認してきた。予定通りのバスに乗る。

実家に住んでいた頃はずっとバス生活だった。寝坊して乗れなかったり、いくら待っても来なかったりもした。当時はバスの時刻表に合わせる生活が当たり前だったので不便とも思わなかったけれど、いま時々実家に帰るときなど、1時間に2本しかない時刻表を見てよくこれで生活していたなとしみじみ思う。終バスだって早い、今なら仕事中の場合だってある時間だ。

しかし最近は電車移動がほとんどなので、時々バスに乗ることがあると楽しい。
いちばん後ろの窓側に座る。本当はいちばん前の席も好きなのだけど、コロナ対策とのことで座れないようになっていた。

8時50分。バスが動き出す。終点まで25分ほど乗る予定だ。

初めてのバスは乗客層も車内放送も目新しい。
お揃いのジャージを着た学生がいるので途中に学校があるのだろう。
「乗車券は色付きのパスケースに入れたままのご利用はご遠慮ください」、私の実家のほうのバスでは聞いたことがない車内放送だ。

駅前から狭い道を行く。窓の外すぐのところにお店や、電柱や、ゴミ集積所が見える。
プラごみとカン・ビンのようだ。うちのあたりとは曜日が違う。

腕がずっと熱い。日差しのあたる側に座ってしまった。

途中の停留所でお揃いのジャージを着た学生たちが全員降りた。

しばらくすると朝の渋滞につかまったようで、バスの動きはゆっくりになる。バスは電車と違って渋滞につかまるのだということを思い出す。
時間を確認しようとスマホをひらくと「あっちゃん」という名のWi-Fiを拾う。車内にあっちゃんがいるのだな。

斜め前の席で母親に抱えられていた小さな男の子が「いやーだ…」とつぶやき出す。どうした少年、と見ていると次の停留所で抱えられたまま降りてそのまままっすぐ小児科のビルに吸い込まれていった。母親の機敏さよ。

終点が近づく。停留所で立っている女性は私の乗っているバスから目をそらし、別のバスが来るのを待つように後続のほうをじっと見ている。そうそう、「乗りませんよしぐさ」だ。「私はこのバスには乗りません、なぜなら別の系統のバスを待っているので」を立ち方や目線であらわす、それが「乗りませんよしぐさ」。私もよくやっていたな。運転手さんは扉を閉め、終点へと向かう。

 

バスを降りて歩く

終点で降りる。ここから目的地である世田谷文学館までは徒歩5分。バスで冷えた身体が暑さを感じる前にたどり着くとよいのだが。

 

歩く。
暑い。
そうだと思い途中で郵便局に入り、お金をおろす。
郵便局の冷え方はどこも同じな気がする。バスに乗ったせいもあってか、実家近くの郵便局の冷水器から飲む水の美味しさを思い出した。

 

歩く。
暑い。もうそろそろ着きたい。

こんなところにホテルかな

なんだか和風なホテルがあるなと思ったらベネッセの有料老人ホームだった。

森だ

突如森に入った。文学館の気配がする。

着いた

開館時間まで並ぶ

進むと、果してそこにはすでに10人ほどの列が出来ていた。
最後尾の女性に「すいません、これは当日券の列ですか?」と尋ねると「はい、そうです」とのこたえ。間違いないので並ぼう。到着時刻9時25分。

数分後、私の後ろに並んだ女性から「すいません、これは当日券の列ですか?」と全く同じように尋ねられる。私も「はい、そうです」と全く同じようにこたえる。

目の前は蔵。そして水路。鯉もいるようだ。

蔵ではない(扉です)

あとはひたすら待つのみ。

絵本作家の個展ではあるが、並んでいるのはほぼ全員大人だ。

土日は完売

列はますます延びている。「これ当日券の列かな?」「わかんないけど並んじゃお!」「数枚だって。買えるといいね」など、それぞれが話す声が聞こえる。

前の女性に連れの男性が合流する。むむむと思うが、さっき親切にこたえてくれたし、まあいいかと思う。

大人は2列になるのが苦手

9時35分。係の人が10時開館だと言って歩く。当日券の有無については何も言ってくれない。並んでいる側も誰も尋ねない。

そのあと同じ係の人に、列が延びてきたので2列になってくれと呼びかけられ、もぞもぞと2列になろうとするがうまくいかない。大人は見知らぬ人同士で2列になるのに慣れていない。1列だったり2列だったりの不格好な列が出来た。

世田谷の鯉

じゃばじゃばと鯉が騒ぎ始めた。日傘の陰から覗くと、ごはんがかりさんが餌を撒いていた。
後ろのカップルは友人たちのインスタについて話している。匂わせだ、どうやら付き合い始めたらしいぞという。

並んでいる間読もうと本を持ってきていたが、左手は日傘、右手は扇子で手が足りない。

再び係の人が現れ、チケット事前購入済のひとと予約済のひとに向けた案内をして歩く。当日券についてはなにもコメントがない。
後ろのカップルもひそひそ「当日券あるかな?」「なきゃさすがに言ってくれるんじゃない?」などと話している。するとさらにその後ろの女性が「当日券どうなんですかね?あっ戻ってきたから聞いてみましょう!」と係の人に声をかけてくれた。
当日券の人もこの列で問題ないそうだ。入館後に分かれるらしい。
後ろのカップルは女性にお礼を言う。ありがとう、私も日傘の陰で頭を下げた。

 

開館したが

10時。いよいよ入館。私の前に並んでいる人たちは全員、当日券カウンターの列に向かう。私も手の消毒後、その列に続こうとするが係の女性に声を掛けられる。

「申し訳ありません、日傘は傘立てにお願いします」

えっ、このタイミングで?列はどんどん進んでいる。長い日傘は傘立てに預けるよう、確かに開館前の係の男性も言っていた。でも、今??声を掛けられている間、私の後ろのひとが追い越していく。せっかく早い時間から並んでいたのに!私は焦って「すいません、チケット買った後でいいですか?」と尋ねる。はいと言われたのでその時点での列に戻る。

ああ、私の後ろにいたカップルは私の前に進み、さらに私との間に3人も入ってしまった。5番も順位が落ちてしまった。せっかく早起きしてきたのに。これで目の前で売り切れたりなんかしたら、文句を言ってしまいそう。いや、事前に日傘を預ければよかったのだけど、直前まで日差しのあたる場所に並んでいたのだもの、そんなことまで頭が回らなかったよ。ねぇ、正解はどうなの?私が悪いの?もわもわとした気持ちで引き続き並んでいると、目の前でカウンターの「若干当日券あります」の表示が「10時入場」から「11時入場」に変わった。ほらぁ…さっきの順番どおりで並んでいれば、10時の回で入れたのに!私は落胆したし、怒っていた。でも完売じゃないし、こんなことで怒るのはやめよう、でもなんだか腑に落ちない。
だけどはっとした。私の前にいる女性、この人、さっき外で係の人に当日券の有無を聞いてくれた人だ。私も含め誰一人聞こうとしなかったことを、聞いてくれた人だよ。それなら感謝しなくちゃ。見知らぬ人たちのなかで(図らずも)代表して質問をするのはちょっとした労力だ。それならさっきのお礼として、順位くらい譲ったっていいじゃないか。さらに、私と微妙な2列になっていた女性が受付カウンターの先に空きそうなほうをジェスチャーで「どうぞ」と譲ってくれた。この人はもしかしたら、私が日傘のやりとりで順番が下がったのを見ていたのかもしれない。私は恥ずかしいのだけれど、やっぱり順位が下がったのを気にしていて、素直に「どうぞ」を受けることにした。ああ、私が逆の立場だったらこんなふうに譲ることが出来るだろうか。「ありがとうございます」と一歩前に出て、窓口に進むときにも会釈して行かせてもらった。たいして順位が落ちたわけでもなく、自分の不手際が原因でもあるのにイライラした私。正直、この時点でもまだ日傘のやりとりの件には納得がいっていなかったけど、それとは別にひとの親切に雷に打たれたようになった。

 

やったー

待ち時間

無事に11時入場の当日券を購入。

まだ時間があるのでいったん外に出て、飲み物を買いに行くことにする。
遠くまで行ける暑さではなかったので、目についた成城石井に入る。見慣れないドリンクばかりのなか、レモネードを買って文学館に戻り、木の陰で飲む。

成城石井ブランド

再度入館し、ミュージアムショップを見る。ヨシタケさんのグッズがたくさんだ。空いているうちに買ったほうがいい、とSNSで聞いていたが、やはり展示を見てからのほうが思い入れも変わるだろうと買わずに一回りして離脱。

つまんないかおでしゃしんをとろう!


入場時間までロビーにある顔ハメの裏のベンチで待つ。
穴から見えた外の緑がまぶしい。


入場~退場

11時、会場へ。
(展示の良さは説明できるものではないので説明しません)

B6サイズのスケッチ2,000枚の壁

元々立体造形の方だとは知らなかった(どれもすてき)

原画がジップロックに入って飾られているのもチャーミング

あちこちにある付箋が良いアクセント

1時間ほどして退場。
どれも素敵で、満たされて幸福だった。

 

コレクション展と、からくり人形

あらためてミュージアムショップに立ち寄り、クリアファイルを購入。レジに並びながら当日券カウンターを見ると当日券は「16時入場」になっていた。しばらくするとそれも完売表示に変わった。

さて帰るか、いやそういえば別の展示も同じチケットで見られると言っていたなと思い出し、1階奥のコレクション展へ。世田谷ゆかりの文学者たちにまつわる展示をしているという。世田谷にも文学史にも詳しくないので楽しめる自信はなかったが、せっかく来たので入ることにする。

受付の女性が「自動からくり人形、上演中です」と言う。別に興味ないな、と思ったが「村上春樹さんの『眠り』です」と続いたので足早に展示室奥へ向かう(私は村上春樹が好きです)。上演は終盤で、私が到着してすぐに終わってしまった。しかしその短い間にすっかり虜になってしまったので、続く2つの作品も続けて見た。

 

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

中原中也のこの作品を私は読んだのだろうか。記憶がないが、

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

この言葉の響きは確かに知っている。

 

終わってから展示を見て歩く。
所々に知っている作家の名前や作品名があったが、8割は知らない人や知らない作品、知らない歴史だった。本当に私は知らないことが多いのだなと唖然とする。

再びからくり人形の上演時間になったので『眠り』を最初から見る。

終わってからまた展示を最後まで見ると、身体はすっかり冷え切ってしまっていた。
14時30分退館。

 

帰り道

来た道を戻ろうとするが、この道で合ってたかなと不安になる。日差しが午後の濃度になったので印象が異なっていただけで道は正しかった。
身体はキンキンに冷えているので汗をかく前にバス停に着く。

バスが来るが、乗りたいバスではない。「乗りませんよしぐさ」をしてやり過ごす。その後に来たのは乗りたいバスだったので、「乗りますしぐさ」(日傘をたたんだり、パスケースを取り出したりする)をして乗る。

また日差しの当たる側に座ってしまった。

停留所で降りる人がいると、降りやすいように降車口側にバスが傾くのだった。そして扉が閉まるのと同時に傾きは元に戻り、バスは発車する。そうだった思い出した。

朝にはなかった「光化学スモッグ注意報発令中」の札がお店や交番やなんかに出されていた。ゴミは回収されていた。

途中で日差しの当たらない側の席に移動する。バスの揺れが心地よくてうとうとし始めたところで終点の荻窪駅に着く。

駅のホームでヤクルト1000を買って帰る。

拾ったお金を受け取りに

1月のある夜、路上でお金を拾った。

交番に届けた。

3か月経ったので受け取りに行こう。

 


校長先生のお話

思い出すことがある。
あれば小学校の朝礼。
「〇年〇組のサユリさんがこの前、お財布を拾ったそうです。
交番に届けたのですが持ち主が見つからなかったので、そのお金をサユリさんがもらえることになりました。
サユリさんはおうちのかたと相談して、そのお金で花の種を買い、学校に寄附してくれました。
校長先生から賞状を贈ります。みなさん、サユリさんに拍手をしましょう」

 

拾ったお金が自分のものになる、と知ったのがたぶんこの時。
と同時に、「『学校に花の種を寄附する』なんて、ちょっとキレイすぎないか?いい子ぶってないか?」
サユリと同学年の私はとげとげとした気持ちで賞状を受け取る彼女を見ていた。
存在は知っているけど話したことはない、サユリ。なんだよ、花の種を寄附するなんて…ぐぬぬ
同時に羨望のまなざしでもあったのだと、今ではわかる。

 

あれから幾星霜。
ついに私にもその機会がやってきた。
「拾ったお金を交番に届けると、持ち主が見つからなければ自分のものになる」。
やってみよう、あの時のサユリの気持ちを追体験できるかもしれない。

あと、「持ち主がみつかれば、お礼に3割もらえる」というのもよく聞くけれど、本当なのだろうか。このさい確かめてみよう。

 


1月某日、お金を拾う

2022年1月のある夜。同居人エスシとのジョギングをそろそろ終える頃だった。先にある赤信号を見て速度を緩めた我々の足元に、それは落ちていた。

千円札だ。

とっさに手を伸ばした私を見て、
「え、拾うの?」とエスシは言った。周りの目を気にするようなそぶりだ。

でも、私は拾った。
お金を拾って交番に届ける、ということをしてみたかったのだ。そう、サユちゃんのように(サユリとはその後、中学で親友になったので呼び名もサユちゃんになりました)。
いや、正直に言うと以前、警察のお世話になった(語弊)時の手続きの面倒さを思い出しもして、拾ってすぐ目の前のコンビニのレジ前の募金箱に入れちゃってもいいかな、とも思った。
とにかく、私は拾った。

それには理由がもうひとつ。
昔、道に落ちている1円玉をスルーしようとした私に元カレが言ったのだ、
「1円でも5円でも、落ちているお金を拾って経済の流れに戻してあげるといつかお金が恩返しにくるよ」と。

元カレは遠くに去ったが、その言葉は今でも記憶にがっちりと残っている。

お金の恩返し。娘に姿を変えて美しい反物を織ってくれるのだろうか。雪の大晦日に米俵やなんやらを背負ってどすんどすんと訪ねてくるのだろうか。いずれにせよ「お金の恩返し」、いい響きじゃないか。げへへ。

そんなわけで私は拾ったのだ、千円札を。

 

最寄の交番がわからない

で、交番はどこだ。

この町に住んでそろそろ5年になるけど、最寄の交番なんてとっさに思い出せない。
いま走ってきたジョギングコース上にいくつかあったけど、遠い…よね?いや、そんなことないか、でも他になかったっけ?え、隣の駅にあったよね?いやいやそれは遠すぎるでしょ…あそことあそこだったらどっちが近いかな?えーっと…

8割しゃべっていたのは私だが、エスシは冷静にスマホで地図検索をして「うん、あそこが一番近いね」と判断した。頼りになるぜエスシ。
現在地から歩いて10分弱の、ふだんあまり行かない方向だ。そういえばひっそりと交番があったな。

私は拾った千円札を持ち、エスシはお寿司を持ち、交番に向かった。

この日は二人して夜ご飯プランが思い浮かばなくて、「じゃあ途中で買って帰ろう」と、ジョギング終了地点の1キロくらい手前のテイクアウト専門店で手ごろなお寿司を買っていたのだった。
汗が引き、寒さを感じ始める。1月の夜だ、寒いのだった。
よかった、唐揚げ弁当とかじゃなくて。お寿司なら寒さに強い。

交番到着

交番ではおまわりさんが電話をしていた。私が引き戸を開けようとすると手で制されたが、かまわず中に入った。その奥にもう一人別のおまわりさんがいるのが見えていたし、とにかく寒かったから。ジョギングでかいた汗は歩いた10分弱で完全に引いていた。交番の中もそれほど暖かくはなかったが、外にいるよりはマシだった。

電話中のおまわりさんは引き続きなにか話している。

奥から出てきたもう一人のおまわりさんに「お金を拾ったので届けにきました」と伝えると、「書類…つくるのに時間かかりますけど?」と聞かれた。私は張り切って「大丈夫です!」と答えた。望むところだ、この機を逃すと次いつこのチャンスがめぐってくるかわからない。

 

警察犬カードを探す

おまわりさんが書類を作成する間、私は交番の中を眺めた。
黒ずんだアルミサッシ、むかし小学校の先生が使っていたのと同じ灰色の机、何世代か前のエアコン。三方が大きな窓の交番はこんな夜は特に寒いだろう。おまわりさんの着ているコートの襟のファー、取り外せるのかな、私が持ってるのに似てるななどと思いながら待つ。
拾得場所や私の名前、住所など、私が伝えておまわりさんが書類に記入する。以前警察のお世話になったとき(語弊)、部屋の壁には『大麻草識別カレンダー』、机上には『警察犬カード』があったが、ここにはなさそうだ。あればもらうつもりだったのにな、残念。

こんなの集めたくなるでしょもちろん

日付早見表があるのだな

持ち主が見つからなかった場合、自分のものになるがその権利をどうするか聞かれ、私は欲しいですと答えた。持ち主が見つかった場合のお礼の受け取りは、辞退した。

おまわりさんは机の引き出しから下敷き状のものを取り出し、なにやら確認し、書類の左下に日付を書き入れた。

『拾得者の物件引取期間』という欄だ。つまり、今日が何日で、権利が発生するのがいつからいつまでなのかを間違いなく書けるよう、日付の早見表のようなものを参照していたのだな。なるほど、そういうものが用意されているのか。そういうのあったほうがいいよね、間違えないように。

間違えてるね

(今写真を追加して初めて気づいたのだけど、令和5年じゃないね。いま令和4年だね。受け取れたけど!)

それからいくつかチェックの記入を求められたのちに書類が完成し、簡単な説明を受け、書類にサインをして私とエスシは交番を後にした。

やり遂げた充実感が私を満たした。ジョギング姿で千円札握りしめてちょっと恥ずかしかったけど、やりきってよかった。よし、おうちに帰ってお寿司だ!

 


拾得物件預かり書の観察

おなかいっぱいになったところで今回の書類をしみじみながめてみましょう。

サイズはA4。

ザ・書類という風格

拾得日時・場所、拾得者住所・氏名の欄につづいて

現金か物品か

拾ったのが現金か物品か、そしてそれらの詳細を書くところがあるのだけど

記念貨!

記念貨だけ特記する欄があった。のちのち価値が変わったりするのだろうな。


そしてここ重要!

ここは自分でチェックをした

それぞれどういう意味かの説明を受けたあとで「なるほど、そういうことであれば」と自分自身でチェックを入れた部分。
この説明は意外なことが多かった。
どう意外だったのかは下記の表をご覧ください。

 

 

このうち特に、

1.持ち主が見つからなかった場合は連絡はこない(ので、見つからなかったのだと自身で判断する必要がある)

2.持ち主が見つかった場合、拾ってくれたお礼(専門用語では「報労金」というらしい)の金額は3割ではなく100分の5から100分の20まで。しかも善意のはなしではなく法律に「支払わなければならない」と書かれている

 

そうだったのか、思ってたのと違ったな。世の中には知らないことがまだまだたくさんある。

 

冷静に考える猶予をもらえる

この「(後で考えて決めます。)」の重要性を痛感することになるとはこの時の私は知る由もなかった。

 

味わい深い案内図

そして裏面には「拾得者の権利」とか「所有権」とか文章がぎっしり書かれているのだけど、特に見てほしいのはこちらですよ

味わい深い案内図

いまどきこのテイストの地図、めずらしい。まじまじと見てしまった。しみじみと良い。これから約3か月のあいだに持ち主がみつかったと連絡がなければ、指定された期間に私はこの地図を頼りに受け取りにいくのだ。そう思うとこれは新しい世界の地図のように感じられた。知らない世界への案内図。サユちゃんが小学生の時に踏み入れて、私はまだ知らない世界。

 


時は来た

さて、月日は流れ、季節は移ろい、
3か月が経ち、「拾得者の物件引取期間」となりました。連絡は来ていません、つまり、落とし主はみつかっていないということ。

(本当は、もうもう指折り数えて、引取期間になったら初日に一目散に受け取りに行っちゃうかも私…と思っていたのだけれど、実際には日々忙しくしていたのでそんなことはなく、はっと気づいたら引取期間に突入していた。意外とこんな感じなんだな。)

満を持して、

行くぞ、拾ったお金を受け取りに!!

 

迷って迷子

遺失物センターのある飯田橋駅へ降り立った私は、迷っていた。

お昼時。ランチを先にするか、受け取りを先にするか。

電車の中で検索しておいたパスタのお店の場所と、遺失物センターの場所。どっちが近いかな、どう行ったらいいかな…
決めかねたまま電車を降り、階段をのぼり、改札を出たらパスタのお店とも遺失物センターとも逆の西口だった。間違えた。

しかし目の前がすぱーんと抜けていて気持ちがよかったので思わず写真を撮った。

間違えて降りた飯田橋西口

気を取り直して東口方面に歩く。日傘必須の眩しい日差し。お金を拾ったあの寒い夜が幻のよう。

私は方向音痴である。そして地図の読み取りが苦手である。スマホの地図を開き進行方向に向きを合わせながらきょろきょろと進み、時々立ち止まって紙のほうの地図を確認する。パスタ屋はどこだ、遺失物センターはどこだ。こうなったらパスタ屋か遺失物センターか、先にたどり着いたほうからにしよう。

再掲、味わい深い案内図

スマホと紙とを見比べながら。歩道橋の存在感が頼もしい。パスタ屋もこの近くみたいだし、ひとまず歩道橋にのぼろう。

あっ!

するとそこには遺失物センターへの案内板が。
よし、遺失物センターに行くことにしよう。あっさりピーポくんの言いなりだ。

助かるわぁ

次々と案内板が現れ、このあとは紙の案内図もスマホも参照することなく無事にたどり着くことができた。

あの地図のイメージと違うたたずまい

遺失物センター

(センター内は撮影禁止とのことで写真はありません)

自動ドアを入るとすぐそこが受付。取り調べ室みたいな部屋にでも通されるのかと身構えていたからちょっと拍子抜けした。
ちいさめの郵便局みたいな待合椅子とカウンター、それに番号札発券機。
落とし物をした人が引き取りに来るのと、私のように拾った人が受け取りに来るのとで発券機は分かれているのだろうか?と眺めてみたが、特にそのような表示はなかった。


番号札をひくと待ち人数0、印字されたのは99番だった。
5、6人の老若男女と、公衆電話。警察犬カードはここでも見当たらなかった。

1分も待たずに呼ばれてカウンターへ。「落とし物ですか?」ときかれ、例の紙(『所得物件受け取り書』)を出しながら「いえ、拾ったお金を受け取りに来ました」と伝える。本人確認書類として免許証を提示し、「では次はお名前でお呼びしますのでお待ちください」。再び椅子に戻る。

急に混み始めていた。こんなにもひとは落とすものなのか。こんなにもひとは受け取りにくるものなのか。

 

いよいよ受け取り

次は2、3分で名前を呼ばれる。受領書に名前・住所・電話番号を記入する。

千円札は普通にお店のレジにあるような水色のトレーに置かれていた。ジップロック的なものに入れられて出てくると思っていたが違った。

「これ、あのとき拾ったお札そのものですか?」と尋ねると、「いえ、別のものに差し替えてあります」とのことだった。これ100万とか1000万とかでもそうなるのかな、立て替えるの大変そうだけど。

千円札をお財布にしまい、終了。あっさりとしたものだった。

 

さっき入ってきた自動ドア、外に出るときのこちら側には「傘のお忘れ物にご注意ください!!」と貼られていた。

貼り紙再現。なんでクマ?と思ったのだ

落とし物を受け取りに来て傘を忘れて帰るなんて、なんか落語みたいだなと思った。

 

おしまい。

 

 

ではない。

 


このお金の使いみち

さて、この1000円の使いみちである。
あの寒い冬の夜、わざわざ拾った理由は「お金を拾って経済の流れに戻してあげるといつかお金が恩返しにくる」を実行したかったからである。

ふたたび経済の流れに戻す。そこまでしてやっと任務完了だ!

 

脳内会議

よく言いますね、「頭の中の天使と悪魔が」、なんて。
でもこの場合、天使でも悪魔でもなく、ただ私です。だって正しい手続きののち、自分のものになったお金だから。

でもね…
やっぱり悩むわけですよ、このお金の使いみち。
突然自分のものになった1000円。自分自身の娯楽のために使っていいものか。公共の福祉に供するべきではないか?

たった1000円で?!とお思いのかたもおられましょうが、事実わたしは考えこんでしまったのだ。

 

この数か月の間、受け取ったらどうしようかをぼんやり考えてはいた。
あの夜、コンビニの募金箱に入れてもいいかと思ったのは嘘ではない。
ただ、人は選択肢が多いとその分迷うのだ。結局決めかねたまま、今日にいたる。

いま私が小学生だったら、あの時のサユちゃんと同じように学校になにか、と思っただろうか。思ったかもしれないな、あの頃の私の世界はほぼ学校だったから。
でも、今は私は小学生ではないし、世界はもう少し広い。だから迷うし、悩む。

 

1000円くらいでちょうどいいもの…10分マッサージとか?宝くじ買っちゃう?どこか美術館でも行こうかしら。なにか本でも買う?ちっちゃいアクセサリーでもいいな。いや普通にごはん代にしようか。神社に行ってお賽銭?やっぱり募金箱に入れちゃおうか…でも、なんかめんどくさくなった結果の募金って逆に失礼じゃないか?自意識との闘いでぐるぐるぐるぐる。

なるほど「(後で考えて決めます。)」はこんな時のための選択肢だったのか。今回1000円の使いみちでもそうとう悩んでいるんだもの、これが1万とか10万とか100万とかだったら、もうもう悩んで悩んで、こんなに悩むくらいならもう受け取らない!って決断することだってありえる。あの一文には人生が詰まっていたのだな。

結論

ふむ、原点に戻ろう。
「拾ったお金をふたたび経済の流れに戻す」。
それが目的だ。

つまり、なにかしらに使えばそれは達成される!よし!!開き直ろう!

 

と言いながらその後もなんだかんだ悩み、結局、ボランティア団体の販売するフェアトレードのアクセサリーを購入。ふう、これで世の中のために使った感じになったから肩の荷が下りたぞ。

でも私、世の中のために使ったぞ!と思うことで自己満足していないだろうか。いま例のお年頃だったら欺瞞とか偽善とか誠実とか正義とかの言葉のはざまでねじ切れちゃうところだ。サユちゃんはこういう葛藤、なかったのかな。いや、小学生だったら私もなかったかもしれない。善きと思えることを迷いなく実行する力があの頃の私にはあったかも。今は余計なことを考えてるな、いくつになっても自意識との闘いは終わることがないのか。嗚呼。
むずむずしたので、あの夜交番に付き合ってくれた同居人エスシと一緒に食べるためのチーズケーキを買ってバランスを保った。

ホントは6個だったんだけど勢いで食べちゃった後の写真

結局1000円なんてとっくにオーバーしてるけど、それとこれとは別の話。
経験 is プライスレス。

 


 

フェアトレードのアクセサリーはこちらで購入しました。よかったら見てね。

craftaid.jp

↓遺失物法はこちら。ちょっと読んだだけじゃ理解できなかったので後はまかせた

elaws.e-gov.go.jp